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 基地の食堂で腹に優しいお粥を頂きながら、俺は部屋にいた間に世の中では何が起きていたか新聞を読んだ。そこには俺の目を引く記事があった。殺人事件。それはありきたりのはずだが、これは何故か違った。気付けば俺は食事の手を止め、内容を読んでいた。

 同性愛者の男が同性愛者同士だと思っていた、男が女と結婚していたことを知った。同性愛者ではなく、本当は異性愛者だった。だが、男は裏切られたと逆上。まず好きだった男を滅多刺しにした。次に妻の息の根を止める前に、腹から赤子を引きずり出した。男はその様子を見て、発狂しながら死に。赤子を解体するとそのまま放置し、死ぬ間際の妻に死んだ男との行為を見せた。そして、最後に妻が死ぬのを眺め続けた。男は妻と赤子をゴミ箱に捨てると、男を抱きながら浴槽で溺死した。

 新聞の社説では、同性愛者のことを様々な言葉で罵倒していた。それが悪であるかのように。この事件について、「だから、野蛮ないやらしい雄同士は気持ち悪い」と記されていた。俺には衝撃的だった。何故なら、銀狼隊では恋人同士が多かった。ギールもそれが普通なように、空いている者やパートナーであるとしても両方の許可を得て喰っていた。ただ三人で楽しんでいるとも言えたが、背後から刺されないように必ず注意していた。憎み切れないような人を演じていた。銀狼隊がどれほど特殊であったかを俺は知った。自由な男の恋愛を隊内で認めることで、全員の戦意が向上し、隊内で絆も更に深まっていた。

 俺は読む終わると、気持ち悪くなった。胸が騒ぐような、何かに押し潰される気分だった。心を落ち着かせるように俺は、胸に手を置いた。これまでただの事件を気にしたことがなかったのに。誰が死のうが殺されようが、俺には関係なかった。誰もが他人であり、それは赤子から老人まで同じだった。なのに、この胸の痛みはセインを失った時と似ていた。俺は溢れる涙を止めることが出来なかった。俺は子供のように泣き続けた。俺は。俺は……。

「大丈夫ですか、副隊長?」

 目前でギールが心配するように、俺のことを見ていた。俺はギールに近付くと、抱擁していた。ギールは俺を剥がすことなく、じっと待ってくれていた。

「……俺、気付いたよギール。俺、セインが好きだったんだ。俺、セインが誰よりも好きで、心の底から愛していたんだ。なのに、俺は伝えられずに終わった。俺は」

 ギールは優しく俺の頭を撫でた。

「最初から知っていましたよ、貴方以外はね。あんなに視線を送っていれば、誰だって分かりますよ。ただ貴方が壊れる前に、皆副隊長に心に正直になって欲しかったのです」

 俺をゆっくりと剥がすと、ギールは新聞を破った。跡形もなくなるように。

「これは少し意地悪でしたね? まぁ、成功したということで」

 ギールは腕を広げながら言った。

「皆の大成功ですよ」

 辺りから歓声がした。扉という扉から俺の見覚えのある隊員がなだれ込んできた。誰もが嬉しそうな顔をしていた。俺はしてやられた、と鼻を啜った。そんな俺を見て、ギールは頬を掻きながら困った顔をしていた。騒ぎが落ち着くと、ギールは封筒を取り出し、俺に手渡した。封筒の表には俺の名前が、見覚えのある字で記されていた。封筒の裏には赤い封蝋が貼り付けられていた。銀狼隊の部隊章である、満月の下に二匹の狼が向かい合わせに立ち、背後に二丁の銃が交わっていた。

「どうか、隊長の最後の手紙を読んでやって下さい。本当はもっと早く渡したかったんですけど……状況が状況でしたので。ただ隊長はいつまでも貴方を待っていましたよ」

「ありがとう、ギール。いつまでも」

 ギールは恥ずかしそうに答えた。

「どういたしまして、副隊長」

 俺は力強く頷くと、急いで中身を開けた。早くセインに会いたかった。封筒には紙が二枚入っていた。俺は便箋の方を開いた。そこは彼の優しい字で溢れていた。


 僕の永遠の花 僕の黒狼 ゼド・クロスネフへ

 僕が君の好きな所を教えてくれ、と誰かに言われたら一日中話せる自信がある。相手をノイローゼにしてしまうほど、僕の愛は力強いと思っている。いつも見ている君の寝顔は僕だけの特権だと思うよ。寝言に何を言っていたかは教えない。僕だけの秘密なのだから。いつも君は格好良い。いつも君は僕の憧れで、僕に生きる意味をくれた。君ほどではないが、僕も決して良い家庭とは言えなかった。虐待の日々で僕は僕が笑っている時には、気味がられながらも親が見てくれると知ってしまった。だから、癖のように僕はいつも笑っていた。面白くもない時に。だが、君は僕に笑う意味をくれた。僕は君といるから毎日が楽しく、幸せだった。君は僕の犬だったが、今はすっかり成長してみんなから頼られる、黒狼様となった。銀狼と黒狼。その響きが僕は好きだ。この銀狼隊も。

 この銀狼隊は君をどうにか守りたいと思い、実は結成されたんだ。君が心から信頼出来る人を掻き集めたんだ。まぁ、ギールが僕が苦手な面をカバーしてくれたんだけど。で、突撃って君に会いに行った訳。変態と言われた時は困ったけど、やっぱり君は自分自身を愛さないといけない。男娼って言えば意地悪なギールに食べられてしまうし。死んで良い命、不要な命はどこにもいないんだ。そんなに言うのなら、僕が君の人生を貰いたいほどに。僕なら君を二度と離さない。いつまでも隣で、その可愛らしさを眺め続けるんだ。嫌だって威嚇されてもデートに連れて行って、仲良く楽しむんだよ。君が格好良くなれる君だけの服を僕が選んで、着せ替え人形にしてやるんだ。だから、怯えて寝ててね、ゼド。

 どうかな、ゼド? 僕の思い、多少ながら伝わったかな。伝わったら嬉しいんだけど。僕は文章が下手だとギールに言われたから、不安で仕方がないんだ。今は窓から僕の好きな月が見えるよ。君は嫌かもしれない。でも、この世界も捨てたもんじゃない。そう僕に言わせてくれ。何故なら、僕は君に会えたのだから。もうそれだけでも僕は有難い。心の底から神に感謝したい。この素晴らしい出会いにありがとう。ありがとう、ゼド。君にも全てのことを感謝したい。手を繋ぐのは君が寝ている間に、勝手に達成したからね。キスをしたかは秘密。それより深くは流石に僕も恥ずかしかったかな。

 君はもう泣いてはいけないよ。折角の顔が涙で溢れるのは悲しいから。君にはこれから笑顔を沢山浮かべて欲しい。仲間はいつまでも側にいる。彼らは君を絶対に裏切らないから、安心してくれ。これからの君を支えるために、僕から細やかな贈り物をしたい。もし良ければ見てくれ。いずれ僕らが結婚出来た時のために、僕は君に婚姻届と結婚指輪を送りたい。後、入れているピアスも右耳に付けてくれると嬉しいかな。僕の最後の我儘をどうかよろしく。いつまでも僕は君を愛しているから。それをどうか忘れないでくれ。生きてきてくれてありがとう。いつの日も僕は君を見ている。

 君の銀狼、セイン・シルヴィスより


 俺はその手紙が初めから濡れていることに気付いた。そして、今度は俺の涙で濡れ始めていた。俺は袖で顔を拭うと、ギールに丁寧にセインの手紙を渡した。ギールは何も喋ることなく、受け取ってくれた。俺はそのまま封筒の婚姻届を見てから、ネックレスの先についた結婚指輪を手に取った。顔を上げれば全員が温かく、俺を眺めていた。俺はどれほど仲間が周りにいたかを知った。ネックレスを首に通すと、俺は隊員一人一人に感謝の言葉を述べた。そうしないとこれまでの恩を返せる気がしなかった。ファーストピアスを付けてから、セインのを付けることにした。そのピアスは黄金色で、セインの瞳と同じ色だった。それを付ければ、セインがいつまでも見てくれるのだった。

 手紙を読み、俺はセインの後を追わなくても許されるのだと知った。だが、彼のこの思いには言われるまで気付くことが出来なかった。俺にはその感情を表す方法も言葉も分からなかった。分からなかったから、どうしようもなかった。ただそれが愛で俺は恋をしていた、と言われると少しだけ分かる気がした。これが俺が欲しかった物だった。壊れかけていた、空いていた心が満たされていった。この中にセインは今も生きているのだった。

 俺が目を閉じ、この思いに全身で浸かりたいと思った時、脳裏にある光景が思い浮かんだ。俺の記憶にない丘の上で、銀の花が月明かりに当たりゆっくりと花開いていた。セインの好きだった月の下、咲く花。それはセインのことだった。俺にとってセインは花であった。俺の希望で生き甲斐で幸せだった。もし花言葉があるのなら、導く明かりだと思った。セインはいつも俺を導き、俺が前に進めるようにそっと背中を押してくれた。そのお陰で俺は今、俺自身の足で立てるようになっていた。彼には感謝しても感謝し切れなかった。

「……ありがとう。ありがとう、セイン。この感謝をいつまでも」

 俺は見えないセインのため、自分の体に腕を回した。そうすれば彼と抱擁出来る気がした。俺は顔を上げると、セインと俺。そして、銀狼隊のために同性愛者のための活動をしようと決意した。セインの願いを出来れば俺も叶えたかった。俺がそれを告げると全員が目を大きく開けて、叫び出した。辺りはお祭り騒ぎのようになった。遂にギールは泣き出し、俺の手を掴むと大きく上下させた。

「ありがとうございます、副隊長。隊内の長年の願いを叶えるために、行動して下さるとは。感激です」

 と、今度は大粒の涙を流し、忙しいようだった。

 ギールを眺めていると、俺は年老いた執事に数年ぶりに会い、嬉し泣きされる坊っちゃんのように思えた。何を言っても泣かれ、俺はどうするべきか悩んだ。俺はギールが涙脆いとは知らなかった。やはり世界は俺の知らないことで溢れているようだった。そして、俺はまだその内の一部しか知らないと。すぐに俺達は一つのテーブルを囲むと、意見を出し合った。どうすればその願いを叶えることが出来るのか、と熱く語り合った。誰もが最後のゴールで思い描く物は同じだった。だから、誰もが必死だった。戦場で作戦を練る時を思い出し、俺の胸が熱くなった。あの時は遊び心も交えながら、必ず生き残る術を選んでいた。

 俺達は意見を纏めると、一つ一つ実行することにした。この時にセインのお陰で得れた銀狼隊の知名度が非常に役に立った。あの銀狼隊であるから人々は耳を傾けた。逆にそうでないと聞こうともしない、酷な現実を表してもいた。だが、俺達はそれから逃げないことを選んだのだった。逃げては人々の思いを変えることは出来ないからだった。

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