第5話


『コラー! あんた、眠るときは電気を消せとあれほど……って、アッ! お菓子のごみ! もしかして、歯磨きしてない? 虫歯になるぞ! 起きろ! 歯を磨け! 寝るなら電気を消せ! コラー!』

 頭の中に、声が流れ込んでくる。この声を、わたしは知っている。お母さんの声だ。

 わたしはのっそりと起き上がると、フラフラと言われたことをひとつずつやっていった。

 歯磨きをして、それから電気を消して。やることやったから、もうひと眠り……。

 って、あれ? わたし、短時間で二度、寝ようとした?

 夢? 夢を見ていたのか? まぁ、そうか。あんな世界、現実離れしている。

 現実? わたしは、この世界に生きている、のか?

 現状を把握できないまま、睡魔に負けて、また眠る。

 するとわたしはまた、かりんとうの橋の上に戻った。

 そこにあなたは居ないけれど、たしかにあなたと過ごしたあの場所に、わたしはちゃんと、戻っていた。


 それから私は、お母さんがいる世界と、かりんとうの橋の世界を行ったり来たりしていた。だんだんと、今というものが不明瞭になっていく。どちらが現実なのか、分かるようで、確信が持てなくなってきた。

 でも、わたしは、どちらかと言えば、お母さんがいる世界こそが現実であると思っていた。

 なぜなら、何度かりんとうの橋の世界で時を過ごそうが、あなたに再び会うことができないままだから。

 あなたに会うことをどれだけ夢見ても、あなたとまた笑い合うことができないままだから。

 お母さんがいる世界で見る夢は、叶ったり、叶わなかったりするけれど、時間の連続性がある。結果がどうだって、何かしらか、得るものがある。

 でも、かりんとうの橋の世界で見る夢には、これっぽっちも手ごたえがない。

 あなたと再び会いたいと夢見れば、それが叶うなんてことはない。それに向かって、進んでいるという感覚もない。

 あの世界では、時間がグルグルと巡っている。だから、たぶん、未来がない。延々に、エックスデーの繰り返し。名のない日がただそこにあって、その日に何かが起こるだけ。

 何かが起きても、それは過去にはならなくて、ただ頭の中で考えている空想世界のボツになった一幕のように、一瞬にして無くなってしまう。チョコレートを食べるみたいに、一瞬にして無くなってしまう。

 あの世界での出来事を、過去の出来事にするために、わたしにできることは、忘れないこと。ただ、それだけ。



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