第31話 流れ星の落ちるところ3

 ついに迎えた、アクセサリーカタログ撮影の日。マンションを出る際、晴人がハグで見送ってくれた。柊吾の姿は見当たらず、勝負の朝に顔を見られなかったのは心残りだが、作り置いてくれていた柊吾手製の朝食はとびきり美味しかった。


 前田の運転する車に乗りこみ、都内のスタジオに入る。案内された楽屋でディレクターと挨拶を交わす。

 今日の今日まで、本当に前情報は一切夏樹に伝えられることはなかった。渡された絵コンテを片手に、ディレクターが話す大まかな流れを頭に叩きこむ。


「上半身は裸になってもらいます。男性同士ふたりのページなので相手の方もいますが、コンテを見てもらえば分かるようにあくまでも主役は南くんです。ただ、あまり気を張らずに。カメラマンの指示は聞きつつも、なるべく自然体でいることを意識してください」

「はい!」


 自然体を意識する、というのは言葉に矛盾が生じている気もするが、そうディレクションされれば応じるのみだ。返事をしつつ、スタイリストの指示で上半身の服を全て脱ぎ、バスローブを羽織る。


「それじゃあスタジオで。今日は宜しくお願いします」

「はい! こちらこそ宜しくお願いします!」


 ヘアメイクをされている時から最高潮に思えた心拍は、スタジオに入ると更に上昇した。カメラマンに先ほどのディレクター、他にも数人のスタッフたちが既に準備をしていて、緊張は留まるところを知らない。上擦ってしまった声でそれでもどうにか「宜しくお願いします!」と頭を下げて、カメラの前へ立つ。


 カメラマンの最終調整が始まったが、まだ足りないものがここにはある。主役は南くんだ、とディレクターは言ってくれたが、実際のところの一番の主役はアクセサリーだと夏樹は思う。だが夏樹はまだ何も身につけていないし、相手役の男性モデルの姿も見当たらない。

 不思議に思っていると、スタジオの奥で扉が開いた。そこから入ってきた人物の姿に、夏樹は大きく目を見張る。


「え……椎名さん?」


 何故こんなところに?

 夏樹はつい息を飲んだのだが、驚いているのはどうやら自分だけのようだった。スタッフたち全員が柊吾と顔見知りなのだと伝わってくるし、ディレクターとは綿密に何かを話している。

 呆気に取られている夏樹の元に、柊吾がやって来る。


「夏樹、おはよう」

「お、おはようございます……?」

「驚かせたよな、ごめん」

「…………」


 眉を少し下げて微笑んだ柊吾は、手に持っていたベルベットのケースを開いた。そこにはイアリングに指輪、ネックレスやバングルが美しい姿で出番を待っていた。


「南夏樹くん」

「へ……は、はい!」

「naturallyの椎名柊吾です。カタログのモデルをどうしても夏樹に頼みたかった。ブランド隠してもらったりして、妙な依頼になったけど。改めて宜しくお願いします」

「椎名さん……」


 様々なことが頭の中を巡りだす。早川から今回の話を聞いた時、naturallyみたいだと感じたのはどうやら間違っていなかったようだ。それと同時に薄暗い思いがどうしても芽生える。


 初めての名指しでの仕事だと喜んだが――柊吾は夏樹の世話係を引き受けているし、心から応援してくれている。だから仕事を与えてくれたのだ、既に知り合いである自分に、言わば贔屓をして。

 思わずくちびるを噛みしめ俯くと、柊吾がそっと夏樹の名前を呼ぶ。


「夏樹。知り合いだから情けでのオファーだって思ってる?」

「あ……えっと。はい。ごめんなさい」

「いや、謝らなくていい。俺が夏樹でもそう感じると思うし」


 柊吾はそう言うと、背後のカメラマンたちを振り返って少し時間を貰えるようにと頼んだ。こちらを向き直し、真剣な瞳が夏樹を映す。


「このカタログのアイディアは一昨年くらいからあってさ、でも理想のモデルが見つからなくて。夏樹を初めて時……いいなって思った」

「え……」

「前に夏樹さ、オーディションで色気がないって落とされる、って言ってたろ。でも俺はそうは思わない。夏樹は確かに明るくて人懐っこくて――それでいて、ふとした時に強い目を見せたりすることもある。そのギャップは夏樹の武器だし、色気にも通ずるものがある」

「…………」

「夏樹、俺にとってnaturallyは宝物なんだ。情けだとか依怙贔屓を持ちこむつもりはない。ずっとあたためてきたこのアイディアを、夏樹の持つ武器に賭けたい。夏樹となら絶対にいいものが出来るって本気で思った。だから早川社長にオファーさせてもらったんだ。難しいかもしれないけど……信じてほしい」

「椎名さん……」


 贔屓してくれたのだと一瞬でも感じたことを夏樹は心から恥じた。そんなもの、柊吾の真剣な瞳にはひとつも見えなかった。本当に純粋に、naturallyに必要としてくれているのだと伝わってきた。

 自分のことをそんな風に評価してくれる人がいて、それが憧れ続けた柊吾だなんて。それこそ信じられないくらいだが、疑いようがない。こみ上げてくる涙を飲みこみ、夏樹は強く頷く。


「椎名さん、ありがとうございます。椎名さんが見出してくれたもの、ちゃんと表現出来るように頑張るから……こちらこそ宜しくお願いします!」

「よかった……ありがとう、夏樹」


 改めてこの撮影へ臨む心を確認し合ってから、柊吾はケースに入っていたアクセサリーを夏樹に飾ってゆく。


「ピアス開けといたらよかったっすね」

「いや、そのままでいい。うちにはイヤリングの加工もあるんだし」

「それもそっか。……ん? 椎名さんがしてるピアス、もしかしてオレにつけてくれたのと同じデザインっすか?」

「うん、そうだな」


 カタログに載せるものなのだから、どのアクセサリーもまだ店頭には並んでいない完全な新作だ。それを柊吾も身につけていて、繊細なデザインがよく似合っている。


「やっぱりかっこいいっすね」

「そうか? ありがとな。俺もいい出来だと思う」

「ピアスももちろんっすけど、椎名さんのことっす」

「……そ。あー、夏樹、ローブ脱いで。次ネックレスな」

「あ、はい……」


 思わず褒めると、柊吾はそっけなく答えて顔を逸らしてしまった。ああ、まただ。晴人は大丈夫だと言ってくれるけれど、やはり気がかりだ。今までだったら夏樹が格好いいと零してしまう度、スマートにあしらうのが柊吾の常だったのに。


 柊吾の態度を寂しく思っている内に、アクセサリーの装着が完了した。柊吾がそれをスタッフに伝えると、ディレクターが「それじゃあ撮影始めます!」と声を上げる。


「あれ、もうひとりモデルの人いるって聞いてるんですけど……」

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