第26話 手は届かない2

「めっちゃ美味しかった! 尊くん、ご馳走様です!」

「どういたしまして」


 ショップが閉店を迎えた後、尊と外で夕食をとった。そろそろ退勤だ、という頃に<今日は夕飯を食べて帰ることになった>と柊吾、それから晴人からも連絡があったのだ。

 それを知った尊が誘ってくれて、ハンバーガーショップへと向かった。チェーン店のものではないハンバーガーは、夏樹にとって目新しい。つい瞳を輝かせると、尊はいつかのように「犬みたいだな」と笑った。


 食事はもちろん、尊との時間も楽しかった。ふにゃくまのキーホルダーに尊が目を留めたのでひとしきり語れば、俺は興味ないなんて言われたけれど。「なるほどこれは夏樹のお気に入りだったんだな」と指先でトンと撫でてくれたりもした。

 名残惜しさを覚えつつ、店を出たところで解散することになった。


「本当にひとりで帰れるか?」

「帰れるよ、もうこっち出てきて半年は経ったし!」

「それもそうか。でもま、気をつけてな」

「うん。尊くんも」

「おう。じゃあな」


 手を振って別れた後、尊はすぐに電話をかけ始めた。今夜は恋人の彼と会う予定らしい。そんな日に誘ってもらったことを申し訳なく思ったのだが、それぞれ夕飯後の約束だったから助かった、と言われてしまった。スマートな先輩に頭が上がらない。


 さあ帰ろうか。駅に向かって歩き出した夏樹を、けれどスマートフォンの通知が足止めさせる。ポケットから取り出し、ロック画面を確認した夏樹の眉がきゅっと上がる。


「え、美奈さん?」


 メッセージの送り主は、六月に撮影で一緒になった美奈からだった。連絡先の交換こそしたが、実際に送られてきたのは初めてだ。社交辞令だったのかもと思ったんだよな、と既に懐かしく思いながらトーク画面を開くと、そこにあった文面に夏樹はそっと目を見開く。


<夏樹くん久しぶり! よかったら今から遊ばない?>


 送信先を間違えたのかと一瞬思ったが、しっかり“夏樹くん”と明記されている。

 思えば上京してからこっち、誰かと遊んだことはなかった。家には柊吾と晴人がいるし、naturallyに出勤すれば尊と話せる。それを寂しいと思ったこともない。


 さてどうしたものか。美奈といえば思い出すのはまず、撮影時の目を見張るような仕事への取り組む姿勢。人気があるモデルはカメラが回っていないところでもプロとしての意識が高いのだと、感心させられたのをよく覚えている。

 それからもうひとつ、晴人の忠告だ。男漁りが激しいタイプ、ぱくっと食われちゃうかもよ――晴人のことを疑うわけではないが、夏樹の記憶の中の美奈はやはりそんな風には見えなかった。仮にそうなのだとしても、自分がその対象になり得る気がしない。

 それに何より、第一線で活躍する美奈から吸収出来るものが絶対にある。未だ燻っている状態の夏樹にとって、これは魅力的な誘いだった。


<美奈さんお久しぶりです! ぜひ!>


 少しの緊張感を覚えながらそう返信すると、すぐに既読のマークがついた。そしてテンポよく返って来たのは、とある場所のホームページのURLだった。夏樹が今いる場所から五駅ほど先にあるようだ。


「クラブ? って行ったことなかけど……まあいっか」



 電車に乗り、クラブの最寄り駅で降りる。マップとにらめっこしながら辿り着いたそこには、地下へと続く階段があった。本当にここで合ってるよな、と数回看板を確認して下りる。

 意気ごんで来たはいいが、初めての場所にやはり緊張感は否めない。ごくりと息を飲んで扉を開く。するとその瞬間、爆音の音楽が夏樹の耳を劈いた。あまりの音量にびくりと体が跳ねてしまう。こういう派手な場に慣れていない、田舎者だと語っているようで恥ずかしくなる。周りに人がいなかったのは助かった。


 大きく息を吐いて気を取り直し、中へと進む。エントランスがあり、入場料として二千円が必要とのことだ。払えないほどではないが、突然のことに少々懐は痛む。それでも何か得られるのならば安いものだろう。

 支払いが済んだところで美奈に着いたと連絡を入れ、中へと進む。爆音の次に夏樹を刺激するのは、煌びやかな照明だ。加えて、ごった返す若者たち。踊る人たちがそこかしこに溢れていて、テレビでしか見たことのない世界に呆然とする。頭に浮かぶ文字は、場違い。ただそれだけだ。


 許されるものならば、今すぐに帰りたい。二千円は無駄になるが、お腹が痛くなったとでも言ってそうしてしまおうか。そう思ったのだが、引き返すより先に美奈に見つかってしまった。


「夏樹くん!」

「あ、こんばんは!」

「ふふ、来てくれて嬉しい」

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