第11話 カケラを集める3

 すでに出来上がっていたチキンライスに、つくり立てのとろとろたまごが乗せられていく。ソースは他にも用意してあったが、ケチャップをかけてもらった。

 柊吾特製のオムライスを頬張りながら、夏樹は幾度となく涙も一緒に飲みこんだ。柊吾は夏樹が帰宅する前から、つまり仲直りする前から夏樹の好物を準備してくれていたということだ。優しさに感極まってしまうのも無理はない。喉にひっかかる涙が邪魔をしたはずなのに、世界でいちばん美味しいオムライスだった。


 三人分の皿を夏樹が洗い終わる頃、晴人は風呂に入ると言ってリビングを出ていった。ふたりになった空間で、柊吾が夏樹を手招く。


「夏樹、そこ座ってくれる?」

「はい!」


 どうしたのだろう。少しかしこまった雰囲気に、椅子に腰を下ろしながら姿勢を正す。再びの緊張感に胸を強張らせていると、どこか言いづらそうにしていた柊吾が口を開いた。


「あのさ、俺、お前の世話係をすることになった」

「へ……世話係?」

「そう。まあ俺は事務所の人間じゃないし、生活面のサポートって感じだな」

「はあ……」


 柊吾の言わんとすることが上手く噛み砕けず、夏樹は首を傾げる。それを見た柊吾が、向かいで小さく笑う。


「意味分かんないよな。俺も急な話だったから正直驚いてる。……てかそんなん言われなくても、って感じだし」

「は、い……?」

「夏樹。晴人に聞いてると思うけど、この家は晴人のとこの事務所のもんだから家賃は要らない。でも、食費は入れてもらう。月に二万……いや、一万。俺が作るのでいいならの話だけど」

「あ、はい! 椎名さんのごはんが食べたいです!」

「ふ、了解。じゃあその金だけど、夏樹はまだ事務所に所属しただけで仕事があるわけじゃない。だからバイトするしかないな」

「っす! 探さなきゃと思ってました!」

「そっか、偉いな。でもな夏樹、お前が本当にモデルで食っていけるようになりたいなら、レッスンはちゃんと受けたほうがいい。レッスン先は事務所で紹介してくれるらしいから、そういうのも考えてバイト先は決めろ」

「はい! えっと、でもなんで椎名さんが?」


 柊吾がかけてくれる言葉に、もう学生ではない、これから先ひとつひとつの選択がダイレクトに将来へ関わるという実感がふつふつと湧いてくる。

 だがそういうことを教えてくれるのは、それこそ事務所の人や先輩なのだと思っていた。夏樹にとって面識のある先輩と言えば晴人になるが、こうして柊吾が様々なことをアドバイスしてくれている。それが不思議だった。


「早川社長に頼まれたんだ」

「社長から?」

「俺もあの社長にはちょっと世話になっててさ」

「そうなんすか?」

「うん。あー……夏樹がその、気に入ってくれてる雑誌に載った時……」

「っ!」

「夏樹、ファンモード出てる」

「だ、だって! こぼれ話の気配が! ……うう、オレ本当にずっと好きやったけん、仕舞える自信がないっす」

「はは、まあいっか、特別な。あの時さ、晴人がどうしてもって言うから仕事に着いてったら、急遽他のモデルが来られなくなってて。その場にいた社長に代わりに出てくれって頼まれてさ。それで知り合って、って感じ」

「ほええ……え、でもそしたらモデルにならないかって言われません!?」


 なるほどなるほどと頷きながら、夏樹は訊かずにはいられなかった。自分が社長の立場でも柊吾に出てくれないかと打診しただろうし、何ならアクシデントに見舞われなくてもスカウトしたに違いない。

 だがこの色男をよく一度で手放したなと思う。あの紙面の柊吾に射抜かれたのが夏樹だけのはずがない。そう確信するだけの魅力があった。


「本格的にやってみないかとは確かに言われた。今もたまに言われるけど……まあさすがにもう冗談だろ」

「やっぱり! えっと、もうやらないんですか?」

「ないな」

「そんなあ……絶対?」

「絶対。モデルってすごい仕事だと思うよ。晴人見てると余計に」

「……オレも今日、撮影にお邪魔させてもらって、改めて思いました。晴人さんマジかっけーしすげえ人だなって」

「だよな。でも俺は表に出るの好きじゃないし。今アクセサリーショップで働いてるんだけど、それが天職だと思ってるから」

「そっか……オレ、椎名さんと一緒に仕事するのも実は密かに夢だったんすよね」

「そうか。叶えてやれなくてごめんな?」


 もしも憧れの人がモデルを続けていたら、いつか一緒に――と夢を見ずにはいられなかった。だがそれは、随分早いうちに諦めていた。本当に血眼になって探したから、この業界にはいないのだと理解したからだ。それでもそんな話を聞いてしまえば、思い出してしまうのも無理はなかった。

 だが弁えられる。天職に出逢えた柊吾の邪魔をしたいわけではない。そんな夏樹に片眉だけをくっと上げながら、柊吾が宥めるように髪をくしゃくしゃと撫でてくる。謝らないでくださいよ、と笑い合うことで、中学生の夏樹の夢は夜空へと昇っていった。

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