第12話 新生活
十八年と少しの人生の中で、いちばん目まぐるしい春だ。
先日は宣材写真を撮った。服は自分で用意するようにとのことで、柊吾と晴人が見繕ってくれたのはシンプルな白いシャツ。当日は前田とは別のスタッフがスタジオへと付き添ってくれて、ヘアメイクはプロの手で施された。緊張は大いにしたが、この写真がどれだけ重要なものになるのかは晴人からもスタッフからも聞かされていたので、気合が勝った。
レッスンは週に一回、ポージングやウォーキングなどを教わることになっている。レッスン代が本来必要だが、特別に免除してもらえるとの話だった。そこまで期待してもらえているのだろうか。まさかとは思いつつ、もしもそうならば裏切ってはならないと、より一層この世界で生きていく覚悟の糧となった。
ファッション雑誌を研究することも重要、流行に敏感であるように。
様々なことを叩きこまれながら、生きていくためのバイトも探さねばならない。日が暮れたというのに明るい街が映る窓の前、夏樹はソファに腰かけてスマートフォンとにらめっこをしている最中だ。求人サイトはたくさんあって、その時点で迷った日もあった。だが今の強敵は、条件で絞っても山のように出てくる求人ではなく、意外なことに隣に座る世話係の柊吾であった。
「じゃあこれはどうっすか!? すぐそこのコンビニっす!」
「だからコンビニは駄目だって。深夜のシフトも絶対回ってくる。モデルになろうって奴が夜通し働いてどうするんだ? 肌が荒れてるモデルとかナシだろ」
「でも近いし! たまになら深夜も平気かなって」
「だーめ。はい次」
「うう……じゃあこれ! 工事現場! 日中だけのやつ!」
「は? 怪我したらどうすんだ。あと日焼けな。ないない」
夏樹の生活面のサポートを頼まれた、と柊吾は言った。そうじゃなくても面倒見がいい人であることは、日々の端々から感じられている。生活能力がゼロだという晴人と暮らしているのだって、つまりはそういうことだ。夏樹も手伝っているとは言え、炊事洗濯のほぼ全てを柊吾がこなしている。
だがそうは言っても、だ。夏樹が探し出してくるバイトは面接に行き着くまでもなく、柊吾に却下され続けている。果たしてこれは本当に、面倒見がいいの類だろうか。言わば推しである柊吾にこんな言葉を使いたくはないのだが、と夏樹の頭にふとひとつの言葉が浮かぶ。それをついに口にしたのは、コーヒーを飲みながらこちらを眺めていた晴人だ。
「柊吾、過保護すぎ」
「そうか? だって心配じゃん。こっち出てきたばっかだし余計に」
「そうかもだけどさあ。夏樹だって困るよな?」
「えー? えーっと……」
柊吾と晴人のじとりとした視線が夏樹へと注がれる。憧れの人と大先輩。どちらの味方についても波風を立てそうで、夏樹は苦笑いしか出来ない。
だが晴人は、その尖った目をすぐに解いた。にんまりとした顔で、ここからが本番とでも言いたげにソファの前へとやって来る。
「俺に名案があんだけど」
「え、なんすか!?」
「柊吾、お前が面倒見てやれば?」
「……は?」
「ん?」
疑問の声が夏樹と柊吾から同時に上がる。柊吾の真意は分からないが、夏樹からすれば面倒ならもう十分見てもらっている、という「ん?」だった。だがふたり分の疑問も意に介さず晴人は続ける。
「柊吾の店に入れてやりゃいいじゃん。夜も遅くはならないし、目が行き届くから柊吾も安心だろうし? な? 俺めっちゃ賢くない!?」
それだけ言って、晴人は「じゃあまた明日」と出ていってしまった。新しい恋人が昨日出来たばかりらしい。嵐のような余韻が残る部屋で、夏樹と柊吾は顔を見合わせる。
「…………」
「えーっと。椎名さん?」
「アイツもたまにはいいこと言うよな」
「へ……マジ?」
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