第10話 カケラを集める2

 マンションに戻る頃には、もう日も暮れて十九時を回っていた。緊張からか見学だけでもくたびれたのに、主役だった晴人はけろりとしている。体力はあるほうだと思っていたが、もっと鍛えなければと気が引き締まる。


「ただいま~」

「ただいまです」


 リビングには明かりが点いていて、玄関までいい匂いが漂っている。柊吾がいるということだ。

 思わず立ち止まると、大丈夫だよと晴人が手を背に添えてくれた。優しさが沁みるものの、どうしたって不安でいっぱいだ。

 だがこのままでは駄目だ。ごくりと大きく息を飲み、おずおずと扉を開く。するとキッチンには柊吾の姿はなく、窓の向こう、ベランダに大きな背が見えた。明るい夜の街に、たばこの煙が吸いこまれてゆく。その光景が何故だか妙に切なくて、怯えている場合じゃないと胸がざわついた。


「っ、椎名さん!」


 窓まで走り、開けながら声をかける。びくりと跳ねた体が、気まずそうに振り返った。


「……おう、おかえり」

「っ、ただいま、です。あの、あのオレ……昨日は本当に! すみませんでした!」

「……いや、俺のほうこそ怒鳴ったりして悪かった」

「椎名さんは何も悪くなかです! オレが、オレが勝手なこと言いすぎたけん、悪かとは全部オレです。本当に、ごめんなさい」

「夏樹……」

「許してもらえんくても、仕方ないと思ってます。でもあの、椎名さんは本当に何も悪くないけん、気に病まんでほしくて、えっと……」


 思っていることはちゃんと胸にある。柊吾の心がもう痛まないために、出来ることなら何でもしたいのだ。だが傷つけた自分がその術を持つはずもなく、上手く言葉にならなかった。消えてゆく声と一緒に俯くしか出来ない。

 そんな夏樹の肩に、後ろから近づいて来た晴人が手を置いた。


「はいはい、ふたりともそんな難しい顔しなーい」

「でも……」

「夏樹はどうしたい? 柊吾と仲直りしたい? したくない?」

「……っ、出来るならしたい、です」

「うんうん。じゃあ柊吾は?」

「……夏樹が許してくれるなら、俺も」

「オレは許すとか許さないとかじゃなかです!」

「はい、決まり~。仲直り完了な。なんかそういうとこ似てるね、柊吾と夏樹って」


 夏樹と柊吾をそんな風に一括りにして、お腹空いたー! と晴人はすぐにリビングへと引っこんでしまった。晴人の明るさに呆気に取られていると、ふと柊吾と目が合った。すると柊吾もぽかんと口を開けていて。揃いの表情に可笑しくなって、どちらからともなく笑顔がこぼれる。

 ああ、空気が解けてきた。安堵した夏樹の頭を、柊吾がくしゃくしゃと撫でる。


「ありがとな、夏樹」

「っ、お、オレも! ありがとうございます!」

「……うん。じゃあ飯にするか。オムライス、準備してある」

「ええ、マジっすか? オレ泣きそう」

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