第9話 カケラを集める
百聞は一見に如かずということで、夏樹はさっそく撮影現場へ見学に行くこととなった。晴人が専属モデルを務める雑誌の撮影だ。朝早くにマネージャーが迎えにやって来て、晴人に起こされた夏樹もその車に乗りこんだ。
朝には戻ると言っていた柊吾は、まだ家にはいなかった。
「南くん初めまして。早川モデルエージェンシーでマネージャーをやっています、
「は、初めまして! 南夏樹です! 今日はよろしくお願いします!」
「はは、元気でいいね」
車内で頭を下げると、前田はバックミラー越しに微笑んでくれた。出逢いに恵まれていると今日も感じることが出来る。それはとても幸せなことだ。
現場までの道すがら前田はなにかと話題を振ってくれて、スマートフォンを操作しながら晴人も時折会話に入ってきた。
地元のことや東京のこと、それからモデルという仕事のこと。夢がひとつ叶ったと思っていたが、事務所への所属がゴールではないこと。
頭では分かっていたつもりだったが、ここからが本当の勝負なのだと背筋が伸びる。
「そう言えば南くん、椎名くんにも会いましたか?」
「あ、はい! えっと、会いました」
柊吾の名前に、一瞬にして様々な感情が湧き上がる。今は長年抱えた憧れより、昨夜自分が引き起こしたことによる緊張感のほうが強い。知らずのうちに体が強張る。
「彼も喜んでたでしょ」
「え?」
「だってほら、南くんのことは椎名くん……」
「ねえねえ前田さん、今日って社長忙しいんだっけ?」
柊吾が喜ぶとはどういう意味だろうか。夏樹が意図を掴み切れないうちに、前田の言葉を遮るように晴人がそう尋ねた。
「社長ですか? 今日はそこまでではなかったと思いますよ」
「ほんと? ちょっと話したいことあってさー電話で全然いいんだけど」
「私のほうで確認しておきましょうか?」
「うん、そうしてもらえると助かる」
「了解です。現場につき次第連絡してみますね」
口にしかけたことを忘れてしまったのか、その後前田から柊吾の話は出なかった。気にはなったのだが、晴人が繰り広げるトークに車内は盛り上がり、柊吾との間に気まずさを抱えている夏樹は訊くことが出来なかった。
到着したスタジオでは、目に入ってくるもの全てが新鮮で勉強になった。
今日の撮影は夏に発売される表紙のもので、カメラマンにヘアメイク、衣装担当などたくさんのスタッフが忙しそうに動いていた。着替えをくり返し、シャッターが切られる毎に晴人は様々なポーズをとる。夏樹が感嘆の声を漏らす度、前田も誇らしそうだった。
撮られた枚数は最終的に数百枚に及ぶ長丁場だったが、晴人が口を開く度に現場には笑顔が広がった。
皆の心を煌めかせる晴人は、人柄まで真のトップモデルだった。
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