第6話 歓迎会

「いちばん近いコンビニはここね」

「マジでめっちゃ近いんすね!」

「こんなもんじゃない?」

「オレの実家だと、最寄りまで車で十分はかかりますよ」

「マジ? 俺からしたら逆に新しいわ」


 それじゃあさっそくと、晴人とふたりでマンションを出てきた。コンビニまでものの一分、いや体感十秒と言っても過言ではない。夏樹が持ったカゴに、缶の酒やつまみなどがどんどん追加されていく。


「夏樹はまだ未成年だよね。ジュース好きなの選んでいいよ」

「いいんすか?」

「もち。先輩の奢り~」

「ありがとうございます! えーっと、じゃあこれで」

「それ好きなの?」

「好きっす!」


 サイダーのペットボトルを一本取ると、同じものをもう三本晴人がカゴに入れた。それもプレゼントとニッと笑まれ、スマートな優しさが沁み渡る。


 マンションへと戻り、晴人の勧めで夏樹が開錠する。晴人とハイタッチをして、またひとつこの家の一員になった感覚が生まれる。

 中へ入ると、いい香りが漂ってきた。


「ただいま、です!」

「おう、おかえり」


 柊吾から放たれるおかえりの威力は凄まじく、眩む頭を押えながら耳の奥で味わう。


 広いリビングには大きなソファとローテーブルが設置されていて、ベランダへと続く窓からは東京の街がよく見える。柊吾が立っているカウンターキッチンは入ってすぐの右にあって、ダイニングテーブルには所狭しと料理が並べられていた。


「え、すご!」

「凄いっしょ~、これ全部柊吾の手作り! 朝から準備してたんだよ」

「なんでお前が自慢げなんだよ」


 晴人を腕で押しのけて、柊吾はまた新たな料理を運んできた。彩りも美しいサーモンのカルパッチョだ。


「ふたりとも早く手洗ってこい」

「はーい」

「っ、はい!」


 洗面所に走ってすぐに戻る。夏樹の前に晴人、その隣に柊吾が腰を下ろした。テーブルの上は和食に洋食、中華とバリエーション豊かだ。あまりにも豪勢で、いただきますと手を合わせてもどれから食べるか悩ましい。


「好み分かんないし色々作ったけど、嫌いなのある?」

「へ……いや! ないっす!」

「じゃあ適当によそうな」

「あ、はい……え!? 椎名さんが!?」


 見惚れていた夏樹に小さく笑って、柊吾が皿によそってくれた。先ほどのカルパッチョにサラダ、小ぶりに作られたハンバーグ。どれもが見た目から美味しいのに、柊吾から手渡されてしまえばこの世界でいちばんのご馳走に思える。


「はい、いっぱい食べな」

「ひえ……い、いただきます」

「あはは! 夏樹ほんとおもしろいな! 柊吾のこと好きすぎでしょ」

「めっっっちゃ好きです……うわこれうまっ!」


 憧れを口にしつつ、まずはと食べてみたのはハンバーグ。中からじゅわりと肉汁が溢れ出して、ソースも信じられないくらいに美味しい。ハンバーグと言えば実家では専らケチャップだったが、こちらの方が好きだ。思わず顔を上げると、頬杖をついている柊吾が美味いだろと得意げに笑った。


「柊吾の飯ほんと美味いよな! 俺料理とか絶対無理だからマジ尊敬してる」

「料理だけじゃねえじゃん」

「あっは、それな。柊吾がいないと生きていけませーん」

「ったく。夏樹、遠慮しなくていいからな。これはお前の歓迎会なんだから」

「うう、嬉しいっす……」


 感激の涙をすすりながら、柊吾の手料理に舌鼓を打つ。

 麻婆豆腐、唐揚げにおしゃれなパスタ。そして目に入れずにはいられない、柊吾の姿。夏樹にとってどれもが格別で、もったいない気持ちとたらふくになりたい欲で板挟みだ。


「なあ、夏樹の好きな食べ物ってなに?」

「へ……あ、えっと、オムライスっす!」

「オムライスな。今度作る」

「ひえ、楽しみすぎる……」


 柊吾と晴人は酒も飲み、歓迎会と銘打たれた食事は楽しく進んでゆく。気づけば外は暗くなり始めていて、ほとんど空になった皿を見て夏樹は席を立った。


「これ片しちゃいますね」

「え、マジで?」

「…………? オレも全然料理とかしたことなくて。これくらいしか出来ませんけど」

「ありがとな。コイツは片づけも全然やらねえから助かる」


 肩に寄りかかっていた晴人をぐいと押して、柊吾も皿を持ってキッチンへとやって来た。晴人は酔いが回っているのか顔が赤くなっていて、「だって俺が洗ったら割る自信ある」と何故か胸を張っている。


「あ、あの! 椎名さんも座っててください! オレ洗っちゃうんで!」

「いいのか? じゃあ、お願いするわ」

「任せてくださいっす!」


 そう言うと、柊吾の大きな手が夏樹の頭をポンと撫でた。あまりのことに、夏樹の肩は大きく跳ね上がる。くすくすと笑われてしまったが、その顔さえ格好いい。まだ洗い始めていなくてよかった、さっそく盛大に割ってしまうところだった。

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