第5話 憧れの人3
「じゃあまずは片づけだな。さっき受け取って、とりあえず夏樹が使う部屋に入れといたから」
「あ、あざっす!」
「おい晴人、逃げんのはナシな」
「あは、バレた?」
「お前の後輩だろうが。手伝ってやれよ」
「まあねー。でも責任としては柊吾と半々だと思うけど」
「……晴人」
「…………?」
ふたりの会話の真意は分からないまま、まずはと家の中を案内してくれた。
3LDKのマンションはリビングの奥に晴人の部屋、廊下にあったふたつの扉のうちリビングに近いほうが柊吾の部屋。
そして夏樹の部屋だよと案内されたのは、玄関にいちばん近い部屋だ。シングルのベッドとデスクが既に置かれていて、自由に使っていいとのことだ。新人用にと確保された部屋だが、入所する者たちは東京近辺に元から住んでいる者ばかりで、まだ誰も住んだことはないらしい。
柊吾と晴人が段ボールを開封してくれて、中身を夏樹が選別する。「それは俺がやるよー」と晴人が立候補してくれたので、衣類をクローゼットに仕舞う作業をお願いした。新品を購入して送ってあった布団セットは、掛布団だけでいいよなと柊吾がベッドにセットしてくれた。毎日拝みながら寝ることになりそうだ。
それにしても夢を見ているみたいだと、柊吾との出逢いに改めて夏樹は思う。雑誌では、終ぞ一度しか見られなかったのだ。東京に来ればどこかで会えるかもとの期待が1パーセントもなかったと言ったら嘘にはなるが、まさか実現するとは思っていなかった。それもこんなに早く、上京したその日に。
「夏樹ー、終わったよー。お、それなに? くま?」
「へ……あ、はい! オレ熊本から出てきたんですけど、地元の“ふにゃくま”っていうゆるキャラです」
「ふうん。熊本ってもっと有名なヤツいなかったっけ。ほらあの黒いの」
いつの間にか片づけは、夏樹が受け持ったものだけになっていたようだ。デスクに置いたぬいぐるみを、晴人が手に取る。
「あれがやっぱ有名っすよね! どこ行ってもいますもん。ふにゃくまは全然マイナーなんすけど、オレ好きで」
全国的にも有名な我らの代表の陰で、熊本をまっすぐに愛すふにゃくまが不思議と昔から好きだった。薄い緑の体に、ふにゃりと緩んだ笑顔が特徴だ。晴人に撫でられているふにゃくまの鼻をツンとつつくと、柊吾も覗きこんできた。すぐそばに憧れの顔が現れて、心臓の位置がズレてしまったかもしれない。
「へぇ、こいつ可愛いな」
「え、マジすか!?」
「うん。俺もこっち派かも」
「うわあ……」
褒められたのはふにゃくまなのに、まるで自分のことのようにテンションが上がってしまう。ぐりぐりと撫でられるふにゃくまが心底羨ましい。その光景に赤くなってしまったらしい頬を晴人に茶化されて、そんな夏樹たちを柊吾が眉を下げて笑う。
「ほら、そろそろ飯にすんぞ。昼ももう大分過ぎたけどな。晴人、夏樹と飲み物買ってきて」
「はいはい。じゃあ夏樹、近くにコンビニあるから行こっか」
「っす!」
お気に入りのシャンプーや、歯ブラシセットだとか。こまごまとしたものがまだ段ボールに入ったままだが、それらはまた後でやればいい。夏樹の手に返ってきたふにゃくまをやっぱりこっちかなとベッドヘッドに置き直して、扉前で待ってくれているふたりに駆け寄る。買い出しを任されたことで、自分もこの家の一員になれたみたいで嬉しい。
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