第三話 笑いの輝き


 イケまち女二銃士の舞台は、観客の心を温かくする漫才で徐々に盛り上がりを見せていた。舞台上では、まち子とイケ子が互いのセリフを交わすたび、会場には笑いと共感の渦が広がっていた。


 このふたりが織り成す物語は、大阪の街角で繰り広げられる日常のひとこまのように親しみやすく、懐かしい感覚を呼び起こすものだった。


 彼女たちの掛け合いは、つかみの部分から中盤へと自然に流れ、観客それぞれが次のネタに向けた期待を胸に抱きつつ、彼女たちの一挙手一投足に目を細めていた。


 まち子「そんなんより、イケ子さん。吉元プロに内緒の副業、儲かってるん? 税務署にも言わんから教えてや。うちらって、運命を共にする泥舟やろ?」


 ふたりの話はつかみのほのぼのとする部分から、奇想天外な世界へと急展開していた。なにやら、本業以外で生活を成り立たせているらしい。


 イケ子 イケ子「そのとおりや。うちらは死ぬも生きるも一緒の泥舟やさかい、教えたる。ネット小説の『カクトモ』のことやろ」


 まち子「そうや、そうや。それそれ」


 イケ子「あれ、副業ちゃうわ。収入なんかちょぼちょぼや。自分の作品を書くのは苦手やけど、作家さんとの交流は楽しいねん。ネクストってとこに月謝払って、めっちゃ楽しんでるわ」


 実際には、作家としての収入はささやかなものだったという。所属する吉元プロダクションには秘密でやっている、ネット動画からの広告収入の方がずっと大きな助けになっていたらしい。それにもかかわらず、イケ子さんは近況ノートを通じた作家たちとの交流を心から楽しんでおり、その瞳はいつも輝いていた。


 まち子「イケ子さん、聞いて。もっと儲かる方法があるんやで」


 イケ子「ほんまかいな? なんやねん、それ?」


 まち子「イケイケのあんたにピッタリなものや。『虫ニゲール』をリヤカーに取り付けて、あんたの住む角川町を引いて歩くんや。『闇に埋もれている小説の名作、おまへんか?』って叫びながら。ラッパも吹いたらええねん」


 イケ子「なんでリヤカーが必要やねん?」


 まち子「大八車でもええんやけど……。この世の中、目立たなあかんのや。あんたも苦労してるからわかるやろ」


 イケ子「そんなん、聞いてへん。なんで、リヤカーが必要なん?」


 まち子「ちゃんと聞いてや! 『虫ニゲール』はリヤカーの雰囲気にピッタリやろう。二ゲールは蚊には効くけど、プレミアムは匂いがええから人を惹きつけるんや。角川町やったら、光が当たらず埋もれた作家さんもぎょうさんおるで。ラッパも吹いたら、皆で顔だすやろ」


 まち子が真剣な面持ちで足を踏ん張りリヤカーを引いて、ラッパを吹くポーズは、観客たちから拍手喝采の大うけとなった。


 イケ子「それでどないするん? 古紙として廃品回収するんかいな?」


 まち子「そういうたら、このとこ、『不要品おまへんか?』って、電話がかかってくるやろ。あれ、金目のものを全部騙しとる詐欺が多いんや。年寄りはダボハゼのように騙されるんや。一度でも家に上げたら、小判鮫みたいに居座られるわ」


 イケ子「えっ、えげつなすぎ。誰がダボハゼなんや?」


 まち子「ちゃうちゃう。また、脱線してもうたやん。話を戻すで」


 そのとき、また観衆から、「最後まで頑張れや。仏の顔も三度までやで」と応援のメッセージが飛び交う。


 イケ子「そうやそうや。ネタを忘れるとこやったわ」


 まち子「プリントされた名作のほこりを払うて、もういっぺん光を当て直すんや。ネット小説で読者を獲得するんは奇跡やろ。あんたが助け舟を出さななかったらあかんのや。角川町の隠れた才能たちに、再びスポットライトを当てるチャンスやで」


「カクトモ」の小説サイトにはプロの作家も多数存在し、新規の投稿は絶え間なく行われている。人気ランキングで埋もれないようにするのは、至難の業だという。フォロワーが増えなければ、どんな名作もその光を失ってしまう。

 登録されている四十万作品の中で、ほこりと化してしまうのだ。読まれなければ、PVもフォローも星の数も増えず、報酬は得られない。換金など、絵に描いた餅に過ぎない。まち子はそう冷静に教えてくれた。


 ネット小説が好きな私にとって、この話は身近なもので、他人事には思えず心に深く響いた。まち子の言葉に耳を傾けるうちに、なぜか感情がこみ上げてきて、目頭が熱くなるのを感じた。


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