第2話 九条葉月はモフモフしたかった。

 ある雨の日の放課後。とある高校の旧校舎二階の備品庫……いえ、ミス研室にて。


 私、ミステリー研究会初代会長、九条葉月くじょうはづきは雨が好きだ。


 陰気な小雨は不穏なシチュエーションにもってこいだし、特に今みたいな激しい雨なんてもうテンションが爆上げである。あのホコリ塗れの古い窓をガタガタ揺らす感じなんて、もう最高に武者震いが──ってことで、私は窓の外を眺めながら、


「雨……何だか嫌な予感がする」

「うるさいです。ただの通り雨に根拠のないフラグを立てないで下さい」


 いつか言ってみたかった台詞をボソリと呟いたら、すぐさま棚の前で体育座りをする副会長に真っ向から否定された。


 もうれいときたら相変わらずノリが悪いなー。ここは「きゃ、葉月センパイっ!」とか叫んで、私に抱きつくところでしょ……それで二人は禁断の恋に──じゅるる〜。


 ……現状、かわいい後輩ちゃんに全く構ってもらえないので、窓を背に雨の音色を聞きながら、最近お気に入りの年季が入った木の椅子にゆっくりと腰を据える、礼と同じく私も読書をたしなむことに。


 廃棄処分されそうになってたところを何とか譲り受けたこの椅子の座りごちはなかなか良い感じだ。このギシギシと軋む音がもうたまらなくいい。


「センパイ、さっきからギシギシうるさいです。そんな汚い椅子さっさと捨ててください」

「ええと……捨てなきゃ、駄目?」


 礼に何だか怒られてしまったので、私はいそいそとテーブルに移り読書を再開した。昨日発売されたオカルト雑誌「ムーア」5月号の最新記事を赤ペンを片手にじっくりと検証する。


『令和に復活か!? 怪奇口裂け女の目撃談』

『廃村に謎のUMA出現?』『呪われた心霊動画特集』『不幸を呼ぶ日本人形──』


 うーん……不幸の人形か〜。今回はどれもこれもパッとしないな。電子書籍じゃなくてわざわざ紙媒体で購入してるのだから、もうちょっと気合が入った記事が欲しい。


 雑誌をバタンと閉じて、背伸びをしながら椅子にもたれかけると、ふと部屋の本棚の上にポツンと置いてある『アライグマのぬいぐるみ』に目が行く。


 あんなのあったかな? と思い、丁度棚の真下で無心に本のページをめくっている礼に尋ねてみる。


「礼、そこのぬいぐるみはどうしたの?」

「先程センパイが来る前に一年の女子が訪ねてきて勝手に置いて行きました」

「え? 何で……もしかして、私へのプレゼントとか?」

「違います。何でも『呪われたぬいぐるみ』だとか言っていました」

「へぇ……え? え? え? それって最高じゃない!」


 歓喜のあまり、棚の上からヒョイとぬいぐるみを取って、そのまま天井に掲げてみた──が特に何も起こらない……とはいえ、ぶさカワなモフモフとした私好みのアライグマさんだ。


 これでバタバタ突然もがきだしたり、そのつぶらなお目々がピカッと光ったら最高なんだけどな。


「──で、その子は具体的に何か言ってた?」

「はい。そのアライグマさんは彼氏にプレゼントされて、爆発しろリア充、大切にしてたらしいのですが、ある日を境に飾っていたタンスの上から夜中に勝手に落ちたり、ひっくり返ったり色々とあったようで、加え、彼氏ともケンカ別れしたようです。ざまぁ、それでこのアライグマさんをこのまま所有するのが気味が悪くなった挙げ句、こちらに持ち込んだ本当に身勝手なギャルでした」


 ところどころに礼の闇が垣間見れたことは、後でゆっくりと心のカウンセリングをするとして、大体おおまかな事情は把握出来た。


 さてと……どうするべきか?


 ここは供養のための人形寺じゃないけど……まぁ、せっかく我がミス研を頼ってくれたということで、そのオカルト現象を考察するとしますか!


 まず人形やぬいぐるみのような固定物に霊魂が宿ることを日本では『付喪神つくもがみ』と呼んでいるらしい。でもそれは、長い年月をかけて大事に使われた道具等に宿る神様みたいな存在であって、古い人形ならともかく、こんな真新しいフェルト生地で作られたぬいぐるみは問題外。到底付喪神が宿るとは思えない。


 となると、科学的観点で考察するならば──


①家の近くで夜間工事が行なわれていて、現場作業の〝振動〟でぬいぐるみが倒れる。

②家電製品(テレビ、レコーダー、洗濯機、空気清浄機、レンジ、扇風機、エアコン等)の機械の〝振動〟でぬいぐるみが倒れる。

③家の近場で電車、自動車、大型バイク等の走る〝振動〟でぬいぐるみが倒れる。高速道路があるならその可能性さらに大。


 うん。このあたりが妥当ね。それにこのアライグマさんは形が不格好だから、ちょっとした振動でひっくり返りやすいだろう。とりあえずはここに置いて様子見かな? 幸いこの旧校舎付近には広い道路もないし、この部屋自体、家電の一つもないので、まず夜中に地震がなければ、直径30センチぐらいのぬいぐるみが倒れるような衝撃は無きに等しいと思われる。


「──というわけで、この子は我がミス研で一時保護します」

「そうですか……分かりました。会長の意向に従いますが、その不気味な笑顔でぬいぐるみをモフモフするのはヤメていただけませんか? 怖いです。キモいです。アライグマさんが可哀相です」

「そこまで言うの!?」




 

 そして、次の日。


「……アライグマさん、上下逆さまになってますね」

「…………だよね」

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