第3話 とある男子高生の恋。

 穏やかな五月の陽気に包まれた初夏の季節。

 晴れてこの春から高校一年生となった僕は、とある一人の女子に恋をしてしまう。


 彼女の名前は九条葉月くじょうはづき


 長い黒髪と涼し気な瞳が特徴的な、それでいて、どこかはかなげな印象を抱かせるそんな彼女に、僕は一瞬で心を奪われてしまっていた。


 彼女との出会いはほんの偶然だった。もしかしてこれまで女子と縁遠かった僕に、遅かれし恋の天使が舞い降りた瞬間かも知れない──。



 それは放課後のことだった。


 その日、僕は図書室の貸出返却担当としてカウンターに座っていた。とはいっても、自分は図書委員でも何でもなくて、たまたま当番だった友人の代理をしていただけだ。


 本来だったら二人一組で行う業務なのだが、その日は相棒となる誰だか分からない人物もことさら不在で、委員でもない自分が何で一人でカウンター当番をしなきゃならないのだと不貞腐れていた矢先だった。


 たまたまカウンター越しからみえた窓際のテーブル。そこに五月晴れの日差しをキラキラと浴びた彼女が座っていた。長い黒髪と涼しげな瞳がうるわしいまさに現界に降臨した女神様の如く──以下割愛。


 そんな神々しいともいえる彼女のオーラを遠目からでも浴びさせられた僕は、今すぐにでもその場でひれ伏せたくなった。


「これをお願いね」


 気がつけば彼女が目の前に立っていた。僕は明鏡止水めいきょうしすいのスキル(そんなものはない)を発動し、冷静に差し出された数冊の本の貸し出しを速やかに処理した。


「世界のオカルト全集」「心霊現象と科学の調和」「今と昔の都市伝説」と、何だか良く分からないラインナップだったが、今の僕にはそんな彼女の趣味嗜好を勘ぐる余裕は無かった。


「い、一週間後の返却になります」

「うん。ありがとう」


 次々と手際よく本をコンビニ袋に詰め込んだ彼女は、艶々なロングヘアを天井の切れかかった蛍光灯の光でペカペカと点滅させながら、優雅に図書室から去っていった。


「はぁ、三年の葉月センパイかぁ~。ホントにキレイな人だったよな──」


 彼女が提示した図書カードを眺めながら、ひとり呟く僕だった。


 あれから、とある情報源を元に九条センパイが、かの有名な(?)ミステリー研究会に属していることを知り得た僕は、この機会に彼女とお近づきになりたいと思い、早速、その何かと話題の絶えないらしいミス研が活動拠点としているという校舎……、じゃなかった、校舎へと向かうことにした。



「……ここって、かなりヤバい場所じゃね?」


 普段だったら見向きもしない……。いや、その存在すら曖昧の老朽化した二階建ての建物を前にして、僕は今更ながら中に入ることを躊躇ためらっていた。


 何故かというと、自分には幼少期から霊感というか奇妙なものが時折見えることがあって、だからか、あまり怪しげな場所には近づきたくないわけで……、この旧校舎は特に危険を感じるというか、絶対に中に入るべきではないと、さっきからしきりに危険アラートが鳴り響いていたから。


「あれ……、君もしかして、我がミス研に何か用事があったりする?」


 やはり引き返そうときびすを返したときだった。


 これは神のお導きか、はたまた悪魔の誘いなのか、正面から歩いてきた葉月センパイとばったり鉢合わせをしてしまう。


「あ、は、はい! 実は僕、昔からミステリに興味がありまして……。そ、それで今日は、是非活動を見学をしたいな〜、とか思いまして、その……」


 だから思わずしどろもどろになりながらも、本来ここに来た目的について、多少のウソを混ぜ、述べてしまっていた。


 すると葉月センパイは、にぱ〜と、口角を釣り上げて、「ようこそミステリー研究会へ!」と言うや否や、あっという間に僕を旧校舎の中へと引きずり込む。


 途中、「そこの階段気をつけてね。床が腐ってて危ないから」とかヤバめな発言をしつつ、僕の冷や汗まみれの右手を無理やり引っ張って、ギシギシ軋む廊下の隅っこにある怪しげな部屋に連れ込んだ。


「ここが我が研究室ですっ! どうぞゆっくりしていってね」


 そう言って葉月センパイは、満面な笑み(ちょっと怖い)を見せながら、僕をどうぞどうぞと薄汚いテーブルのパイプ椅子にバーンと半ば強引に座らせる。


「んと、それでねー、まずここにクラスと名前を書いてもらって、あとこの緋色金ひいろがねの古剣でシュッと血判を──」


 すかさず入会届けとは名ばかりの、怪しげなオカルト集団の勧誘な如く、全く内容が把握出来ない、まさに厨二ぽい文字羅列が並ぶ記入用紙を目の前に差し出し、そして更に何やら木箱からゴソゴソと取り出した小汚い剥き出しの短刀(おもちゃ、だよね?)を手に握らせるという、色々と突っ込みどころ満載な彼女だったが──、もう僕にはそんなの些細ささいなことだった。


 一見大きなテーブルと小さな黒板、本やら訳の分からない物が溢れた棚があるだけの狭い室内のハズが──、ここはヤバいっ! あちらこちらに得体の知れない気配を感じる。


 っていうか、棚の下で体育座りをして本を読んでいるおかっぱの女の子がいるけど……。一応、人だよな? トイレの花子さんとかじゃないよな? でもまぁ……あの子はきっと大丈夫だ。全然嫌な感じがしないし……。でもちょっと薄っすらぼやけてね?


 それよりも問題なのは、あの棚の上に無造作に飾ってある『アライグマのぬいぐるみ』だ。アレは特に危険すぎる。何だか良く分からないドス黒いオーラを肌でピリピリと感じ……、


「──う〜んと、それじゃあ今日は特別に、これから野外活動に──えぇえ!?、君ぃい、ちょっと待ってぇ!」


 僕は葉月センパイの制止を振り切って部屋から、そして、旧校舎から一目散に逃げ出していた。我ながら男らしくなかったけど……、もう我慢ができなかった。


 だってあの時……、ぬいぐるみが僕を見て、


 ニタリと笑ったから……。


(──もう、絶対に無理だって!)


 こうして僕の淡い恋心は、儚くも恐怖心に塗り替えられて、ひっそりと終わりを告げたのだった──。

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