6-7
「そっちの準備はできてる?」
「はい。ブルーエルフィン様が以前私たちの目の前で作ってくださったおかげです」
確認するフィリカの声に対し、にこやかに返事をしてくれた彼女へ頷き返す。
ヒメアマアジオウゴンクラゲのジャムも準備ができているのなら、こちらも運んでしまって大丈夫だろう――そう判断し、フィリカは口を開いて言葉を返した。
「なら、そっちも器に移して配膳して。そうね……焼いたバゲットも添えるとちょうどいいかも。わたしは先にこれを運んでくるから、準備ができたらそっちもお願い」
「あっ、いえ、ブルーエルフィン様。私たちが配膳しますので――」
「ううん。これはわたしが運んでいったほうがいいと思うから、わたしに任せて」
本来なら、配膳なんて貴族がやることではない。使用人たちに任せるべきなのだろうが、作った者の顔が見えていれば安心して口にできると思うから。
何か言いたげに慌てているキッチンメイドたちに笑みを見せてから、フィリカは手に持った大皿とともに一度調理テントを離れてタープテントへと向かっていく。
様子を見に来ていた領民や騎士たち、タープテントで言葉を交わしながら待っていた者たちの視線を受けつつ、タープテントの下に用意されていたテーブルの上に大皿をどんと置けばその場にいた全員が両目を輝かせた。
「お待たせしました! こちら、今回討伐した海蛇種の魔獣料理です」
満面の笑顔とともにそう告げれば、料理を前にした人々が目だけでなく表情も一層強く輝かせた。
フィリカが置いた大皿の上には、焼き立ての串焼きがほこほこと白い湯気をたてながらピラミッド状に盛りつけられている。串の持ち手には白い布が巻かれて持ちやすくなっており、先端には輪切りから食べやすいぶつ切りにされた海蛇種の肉が数個ずらりと並んでいる。
白身魚を連想させる身の表面はこんがりと狐色に染まり、黒胡椒と塩の粒がより食欲を誘う状態に彩っている。皮もパリッと焼き上がっていて、我ながら良い焼き加減だとしみじみしてしまいそうだ。
ピラミッド状に盛りつけられた串焼きのうち、頂点に置かれていた一本を手に取り、フィリカは集まっている面々へ視線を向ける。
「味はシンプルに塩と黒胡椒にしてあります。他にも辛味を楽しめる味付けと、東の国で楽しまれている『蒲焼き』という味のものをご用意する予定です」
「……あんな大きさの魔獣がこんな料理になるのか……」
「本当にあのご令嬢が作ってたぞ。味見もちゃんとしてたから、多分食べれる味になってるんだと思う」
「いや……でも、まだあのご令嬢が味音痴だって可能性も……」
ひそひそと小さく聞こえてくる一部の騎士たちの囁き声に思わず苦笑が浮かぶ。
だが、そのように警戒されても納得するものがある。レウィシアやキッチンメイドたちはフィリカが作る料理の味を知っているが、彼ら彼女らからすれば本当に料理ができるのか――料理を作れてもまともな味になっているのか知らないのだから。
小さな囁き声はフィリカだけでなくレウィシアの耳にも届いていたようで、囁き合っていた騎士たちへ鋭い目を向けた。
彼の視線に気づいて慌てて目をそらす様子までを見届けてから、フィリカは言葉を続ける。
「ヒメアマアジオウゴンクラゲの活用法も、続いて発表したいのですが――」
「お待たせしました、ブルーエルフィン様! ご用意できました!」
フィリカがちらりと調理テントの方角へ目を向けようとした瞬間、キッチンメイドの一人がガラス製の器と木製のボウルを乗せたトレイを手に小走りでやってきた。
ガラス製の器には黄金色にも見えるジャムがたっぷりと盛りつけられ、木製の器の中にはこんがりと美味しそうに焼けた数枚のバゲットが入っている。ジャムからは甘い香り、バゲットからは小麦の香ばしい香りが漂っており、こちらも見る者の食欲を誘う。
実に良いタイミングで持ってきてくれた彼女へ穏やかな笑みを向け、フィリカは唇を開く。
「ありがとうございます、本当に。では――皆様、ご覧ください」
キッチンメイドの手からトレイを受け取り、串焼きを乗せた皿の隣にジャムとバゲットを置く。
さまざまな感情を込めた視線が料理へ向けられるこの瞬間は、何度経験してもフィリカの胸を躍らせる。
「こちらが、わたしが見つけたヒメアマアジオウゴンクラゲの活用法――ヒメアマアジオウゴンクラゲのジャムになります」
ざわ、と。ざわめきが場に広がった。
長らくまともな活用法がない厄介者とされてきた水棲魔獣の活用法が見つかっただけでなく、それを刺し身や焼き料理ではなくジャムにしたという驚愕がフィリカたちを除く全員へ伝わっていく。
本当に口にしても大丈夫なのか――不安げに顔を見合わせる者も現れる中、レウィシアがフィリカの傍に立つ。
「フィリカの料理の腕は確かなものだ。俺も過去に口にしたが、ヒメアマアジオウゴンクラゲのジャムは非常に美味だった。余計な心配をせず、安心して口にするといい」
「ええ。調理工程をご覧になっていた方ならおわかりかと思いますが、毒も何も入れておりませんよ。このように」
言い終わると同時に、フィリカは軽く口を開き、手に持っていた串焼きにかぶりついた。
毒見もせず、突然串焼きを口にしたフィリカの姿を前に、騎士たちの数人が目を見開いたが、毒を入れていないと証明するにはこの方法がもっとも手っ取り早い。貴族は毒殺を警戒して毒見役を連れていることが多いと認識している相手ほど。
驚愕を含んだ視線を浴びながら、口の中にある魔獣の肉をゆっくり咀嚼する。
肉そのものの味を確認する際も口にしたが、今度はきちんと味付けをしているのもあり、より美味に感じる。少しコリコリとした特徴的な食感の肉を噛みしめるたび、塩気と黒胡椒のほのかな辛味が舌の上に広がり、魔獣の肉が持つ淡白な味わいを彩っている。
皮も変わらずパリパリとした楽しい食感を楽しめるようになっており、塩胡椒の味と魔獣肉が持つ味わいが程よく絡んだ塩焼きとして仕上がっている。
――うん、これは本当に我ながら良い仕上がり。
胸を張って自信作と言える仕上がりに自然と口角が上がる。
幸せそうな表情で串焼きを頬張るフィリカの姿を前に、食べる様子を見守っていた何人かが生唾を飲み込み、喉を鳴らす。
それはレウィシアも例外ではなく、無言で串焼きを持っているフィリカの手に自身の手を重ねて強引に引き寄せ、フィリカの手の中にある串焼きに齧りついた。
突然のことに驚いて言葉を失うフィリカの前で、じっくりと串焼きを咀嚼したのち、レウィシアがにんまりと口角を上げた。
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