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 フィリカもメルへ頷き返してから、自身の作業へ改めて意識を向ける。

 先に調理台に出していた分を全て食べやすい大きさのぶつ切りに変えると、次の輪切りにされた大きな固まりを取り出した。先ほどと同様に骨を取り除いてから食べやすく、けれど食べごたえも感じる大きさに切り分けると腹開き風になるように開き、こちらは一枚ずつバットの上に並べていく。


 二切れ目も加工を終えると、三切れ目も取り出して、こちらも同様の下処理を終えてから豪快に食べられそうな大きさに切り分け、こちらも次々にバットの上に並べる。

 箱の中にはまだ輪切りにした固まりが残っているが、こちらは料理を追加しなくてはならなくなったときに取り出して加工する予定だ。


「よし……あ、メル。腹開き風にしてるのは縫うみたいに串に刺してくれる?」

「縫うように……ですか?」

「そう。口頭での説明だけだと難しいんだけど……こういう感じで」


 腹開きにした肉を一枚バットから取り出し、続いてメルが用意してくれた鉄串を数本転移取った。

 皮目を下にし、皮まで串を通さないよう気をつけながら、すくうように――縫うように丁寧に串を肉へ刺していく。等間隔で数本ほど串を刺してからバットの上に戻せば、メルは納得したような様子で頷いた。


「なるほど、わかりました! 任せてください!」

「お願いね。わたしはもう少し準備するものがあるから、それが終わったら手伝うわ」


 やる気に満ちたメルの笑顔に対し、少しばかりの申し訳なさを噛みしめた苦笑で返す。

 できるだけ早く自分もメルと同じ作業に入れるようにしなくては――頭の片隅で思いながら、フィリカは小さめの鍋を用意し、野外用コンロの一つに乗せた。

 鍋の中に料理酒を注ぎ、砂糖を加えて強火で沸騰させてアルコール分を飛ばしてから、砂糖と醤油を加えて一煮立ちするまでアクを取りながら加熱していく。

 途中で味見としてスプーン一杯ほど鍋の中身をすくい、口に運べば想定していたものに近い甘辛い味わいがフィリカの舌の上に広がった。


「……うん。あとは冷ませば使えそう」


 出来上がったソースが入った鍋をコンロからどかし、今度は小さめのフライパンを用意して次のソースの準備に取りかかる。

 まずは玉ねぎとニンニクを細かく刻んでフライパンに入れ、赤ワインと料理酒と酒、そして醤油にケチャップ、ソースと次々に調味料を注いでいく。最後に唐辛子の粉末を少しと塩をひとつまみほど加えて、こちらも一煮立ちするまで加熱すれば完成だ。

 こちらもコンロからフライパンをどかし、邪魔にならない位置に置いてから、メルの作業状況を確認するために目を向ける。


「メル、そっちの作業は――」


 そこまで声をかけて、けれどフィリカが発した言葉が最後まで発されることはなかった。

 大量だった海蛇種の肉のほとんどに串が通され、すぐにでも焼ける状態になっている。縫うように刺してほしいと手のかかることをお願いした分もフィリカが頼んだとおりに串が通されており、思わず目を見開いた。


「このとおり順調です。お嬢様が心配することは何もありませんよ」


 紡がれた言葉のとおり、メルが刺して下ごしらえをしてくれたものはどれもフィリカが頼んだとおりになっている。言葉を交わす間も彼女の手元では次々に海蛇種の肉が串に通されていっている。

 メルの仕事が早いことはよく知っていたが、ここまで早いとは――心なしかフィリカだけでなく、こちらの様子を伺っていたキッチンメイドたちも目を丸くしているように感じる。

 少しの間、フィリカも彼女たちとともにぽかんとメルを見つめていたが、はっと我に返った。


「ありがとう、メル。でも全部任せきりにしちゃうのは悪いから、わたしも手伝うわ」

「いえ、これくらい問題ありませんよ。お嬢様は用意ができているものから焼き始めてください」

「でも……」

「お腹を空かせて待ってくださっている皆様を、あまりお待たせしてしまうのも申し訳ないでしょう?」


 穏やかな笑顔で告げられた言葉を前に、フィリカは眉尻を下げて言葉を止めた。

 メルの言葉も理解できる。なんせ結構な量だ、できるだけ早く料理を仕上げて提供できたらそれが一番だろう。

 けれど、メル一人だけにこの作業を任せてしまうと、彼女にかかる負担が相当なものになってしまうのではないか――。

 悩むフィリカへ、メルは笑みを浮かべたまま――手元ではひたすらに串打ちを続けながら言葉を重ねる。


「もしつらいと感じたらすぐにお手伝いをお願いしますから。お嬢様は何も気にせずに次の作業に移ってください」

「……メルがそこまで言うなら任せるわ。でも、少しでも大変だと感じたらすぐに教えてね」


 そう告げてから、メルが下ごしらえを済ませてくれた串を手に取った。

 変わらずに火が揺れている野外用コンロの上に、まずはぶつ切りにした肉を刺した串を並べていく。一定の間隔で大きめの焼き網の上に並べていき、先ほど味見する分を焼いたときのようにじっくり、慎重に火を通していく。

 次第に加熱された肉の表面に脂が浮き始めたのを視認し、ぱらぱらと塩をそれぞれの串へかけ、続いてペッパーミルで黒胡椒をかけて香りと少しの辛味を加えてひっくり返す。


 裏面も同様に味付けをして、さらに火を加えていき――表面に程よい焼色がつき、中にも十分火が通っていそうなタイミングで網の上から引き上げ、次々に大皿の上へ移していく。

 ちらりとヒメアマアジオウゴンクラゲのジャムを作ってくれているキッチンメイドたちへ目を向ければ、彼女たちも無事に準備ができたらしく、コンロの前に立っている一人と視線が合った。

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