6-5

「みんな、準備はできてる?」

「お嬢様!」

「ブルーエルフィン様!」


 調理テントで使う道具や調味料、メインとなるもの以外の食材の確認をしていたメイドたちのうち、真っ先にフィリカの声に反応したのはロムレア領で過ごしている頃から――そして、レーシュティア領で過ごすことになってからもフィリカの身の回りの世話をしてくれているメルだ。

 続いて、ベルテロッティ邸で働いているキッチンメイドたち――フィリカがはじめてヒメアマアジオウゴンクラゲのジャムを作った日、顔を合わせた者たちが反応する。


 はじめてヒメアマアジオウゴンクラゲのジャムを作った日は警戒や不安といった目を向けていた彼女たちも、今ではすっかり穏やかな目や信頼を込めた目を向けてくれている。

 こういう反応の変化を前にするたび、やはり美味なものは他者の心を開きやすくしてくれると思う。

 真っ先に反応した、世話係のメイドがフィリカの傍に駆け寄る。


「このとおり、こちらは準備が整っております。レシピの最終確認も完了していますから、いつでも始められます」

「わかったわ。忙しかっただろうに、本当にありがとう。じゃあ、みんなはヒメアマアジオウゴンクラゲの調理を始めて。メルはわたしと一緒にメインディッシュの準備を手伝ってくれる?」

「はい!」


 メルはもちろん、ベルテロッティ邸のキッチンメイドたちも一斉に返事をし、調理テントの空気が力強く震えた。

 早速調理に取りかかるキッチンメイドたちを少しの間だけ見守ってから、フィリカもメルが用意してくれたエプロンを身に着け、袖をまくって落ちてこないよう固定する。


 貴族の令嬢が自ら調理に取りかかろうとする姿は、領民や騎士たちからすると非常に珍しい姿として映るらしく、調理の様子を見に来た領民や騎士たちが一斉にこちらへ視線を向けた。

 純粋な驚愕と興味を含んだ視線を一斉に浴びながら、フィリカはメインディッシュになる海蛇種の肉が入っている箱を開ける。

 そして、水の魔法で両手を洗ってから箱の中身を取り出し、野外用の調理台にどんと置いた。


「……こうして改めて見てみると、本当に大きいですね……」

「狩る前も本当に大きかったわよ。レウィ様がいなかったら負けてたかもしれないもの」


 呟いたメルへ返事をしながら、フィリカも改めて調理台に置かれた肉を見る。

 豪快に輪切りにされたそれは結構な大きさがあり、魚肉のようにも蛇肉のようにも見える。

 一人だけで食べるにはかなり量がありそうだが、複数人で分け合うとなると、実にちょうどいい大きさだ。食べやすい大きさに切り分ければ今回の祝賀会に参加してくれた人々全員に十分行き渡るに違いない。

 問題は、これをどのように調理するか――だが。


「お嬢様。一体どのように調理しましょうか」

「……まずは味見をしてみようと思ってるの。まずは素材の味を確認しないと」


 オオイワイノシシのときも、ヒメアマアジオウゴンクラゲのときもそうだった。

 まずは素材そのものの味を見て、そこからどのように調理するかを考える。フィリカがいつも踏んでいる手順で、魔獣を調理する際に決して忘れてはならない手順だ。

 包丁を手に取り、肉の端を皮ごと切り取って野外用の大型グリルに乗せる。

 事前に火入れをしていたのもあり、十分に温まっている網は魔獣の肉を乗せた途端、じゅわりと食欲を誘う音を奏でた。


 状態を確認しながら数回ほどひっくり返し、両面ともに程よい焼色がつくまで火を通す。

 肉に熱が通り、表面が火でちりちりと炙られるたびに脂が滲み出て、滴り落ちたそれが炭火の上に落ちて一時的に火力を高める。

 それを何度か繰り返すうちに両面ともにこんがりと狐色に染まり、鼻をくすぐる香りの中にも魚を焼いたときの香りが入り混じり、調理を見に来ている領民か騎士たちのうち、数名が腹を鳴らした。


 照れくさそうに視線をそらしたり、咳払いをしたりする反応を横目で確認し、ひっそりと笑みを浮かべる。

 空腹を刺激されているのなら喜ばしいことだ。空腹は料理を楽しむ一番のスパイスになるのだから。


「……うん、これくらいで十分かしら」


 十分に焼いた海蛇種の肉を網から引き上げ、軽く冷ましたのちに口へ運ぶ。

 はじめて口にする海蛇種の魔獣の肉は、陸地に生息する魔獣の肉とはまた異なる食感と味わいをしている。陸地の魔獣肉は力強い味わいと食感であることが多いが、こちらは白身魚のような鶏肉のような――とにかく淡白であっさりとした味わいをしている。目立つ味はうっすらとした塩気ぐらいで、濃い味付けにもシンプルな味付けにもできそうだ。臭みも感じないため、臭み消しの必要性はなさそうだ。


 食感は魚肉と獣肉の間のような――魚肉に獣肉の歯ごたえを少しだけ混ぜたような、なんともいえないもの。少しコリコリしているが噛み切れないほどではなく、肉を柔らかくするための下処理をするほどではないだろう。

 皮は剥がずについたままだったが、焼いた魚皮のようにパリパリしている。皮だけでなく鱗もパリパリとしていて、食べていて少し楽しいと感じる食感だ。こちらも味がほとんどなく、ほんのりとした塩味を楽しめるぐらいの味しかない。


「……ヒメアマアジオウゴンクラゲが強烈な味だった分、少し警戒してたけど……これなら難しく考えすぎなくても大丈夫そうね」


 安堵の息をつきながら呟き、口の中にある魔獣肉を飲み込んだ。

 やはり事前に素材そのものの味を確認しておいてよかった。おかげで余計な不安や心配なく、本格的に調理へ進むことができる。

 改めて包丁を手に取り、残りの肉へ刃を入れ、骨を取り除いてから食べやすく――けれどある程度の食べごたえを感じられる適度な大きさへぶつ切りにしていく。皮は剥がずについたままだが、このままでも大丈夫だろう。

 味付けはどうしようか。あっさりとしたものにするか、濃いものにするか、それとも少し刺激を楽しめる味にするか――。


 ――結構な量を作れるだろうし、いろんな味のを作ってもいいかも。


「メル。串をできるだけ多く用意してくれる? それから、わたしが切り分けた分の肉をどんどん刺していってほしいんだけど……」

「串……ですか? わかりました。お手伝いしますね」


 フィリカの言葉に一瞬だけきょとんとした顔をしたが、メルはすぐに笑顔を浮かべて首を縦に振った。

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