6-4

「――皆、今日は集まってくれて感謝する」


 レウィシアの落ち着いた声が港の穏やかな空気を震わせる。

 全ての準備が整った祝賀会の会場。調理テントに用意された野外用の調理器具で火が必要なものには火入れが済んでおり、今回の食材となるヒメアマアジオウゴンクラゲや海蛇種の魔獣肉も下処理が完了している。

 料理を振る舞う主な会場になるタープテントの下も、すっかり立食形式の会場として整えられており、領民から騎士まで大勢の人たちが集まっていた。


 さすがに全ての参加者がタープテントの下に入るのは難しかったようだが、それでも結構な人数がテントの下に入れている辺り、ベルテロッティ家が用意した野営用の道具がいかに大きなもので、優れたものなのか物語っている。

 テントの下に集まっている人々の顔を見渡し、フィリカと隣り合ってテントの下に立っているレウィシアが言葉を続ける。


「水棲魔獣が港に出現したときは、皆、慌てずに避難してくれて感謝する。おかげで誰一人の被害者も出すことなく無事に討伐することができた。俺とフィリカが討伐に集中できたのも、皆の協力があったからだ」


 レウィシアがそういった瞬間、領民たちの何人か――フィリカと顔を合わせたことがある漁師たちが目を丸くさせた。

 こぼれ落ちんばかりに目を見開いている彼らへ悪戯っぽく笑いかけてから、フィリカはすぐ傍に立つレウィシアへちらりと目を向ける。


「本日は水棲魔獣を退けることに成功した祝いと――我が婚約者、フィリカ・ブルーエルフィンのお披露目、そして彼女が発見してくれたヒメアマアジオウゴンクラゲの活用法の発表を兼ねた祝賀会になっている。皆、今日の会を存分に楽しんでほしい」


 その言葉とともに、レウィシアの大きな手がフィリカの背に触れて軽く前へ押し出した。

 彼に軽く押されるまま、フィリカも一歩を踏み出して集まっている領民や騎士たちを見渡す。

 こちらへ向けられる驚愕や不信、興味、不思議なものを見るかのような目――どれもこれも、ヒメアマアジオウゴンクラゲの対処法について考えていた頃、屋敷で使用人たちから向けられた目を思い出させる。


 ヒメアマアジオウゴンクラゲのジャムを作り上げた今では、屋敷内でこのような目を向けられることもなくなったため、なんだか少しだけ懐かしい気分にもなりそうだ。

 さまざまな視線が突き刺さる中、フィリカは身にまとうドレスの裾を両手でわずかに持ち上げ、片足を斜め後ろの内側へ引いて深々とお辞儀を一つ。

 フィリカのそんな様子を横目で眺め、まだフィリカを知らなかった領民や騎士たちの反応を眺めたのち、レウィシアが言葉を重ねる。


「ヒメアマアジオウゴンクラゲの活用法の発表と、祝賀会のメインとなる料理は主に彼女の指示で用意してもらう。彼女の料理の腕は実際に味わった俺が保証する。皆も楽しみにしているといい」


 その言葉を耳にした瞬間、目を輝かせる者、意外そうな顔をする者、本当に大丈夫なのかと不安や不信を滲ませた顔をする者――思い思いの反応が表情となって可視化される。

 特に不安や不信を滲ませた反応をするのは当然だろう。本来、貴族は炊事に関わらない。


 食事の用意は屋敷で働いている使用人たちに任せきりにしていて、自らが料理をしたり、食事の準備に関わったりすることは少ないわけで――故に、貴族の一人であるフィリカを調理に関わらせていいのか心配になるのも当然だ。

 領民や騎士たちが見せたさまざまな反応を真っ直ぐ見つめながら、フィリカはわずかに口角を持ち上げ、柔らかな笑みを見せた。


「ヒメアマアジオウゴンクラゲの活用法や食事の用意は、あちらの調理用テントで行います。どのような方法で活用するのか、海蛇種の魔獣をどのように調理するのか、ご興味があれば眺めに来てください」


 自分が口にするものがどのように作られているのか、調理に関わる者の腕がどのようなものであるか、自らの目で確認したほうが安心できるでしょう?

 そんな思いを込めて言葉を紡ぎ、片手で調理テントを示す。

 こちらを見つめる人々――特に騎士たちのうち、何人かが顔を見合わせたり、フィリカの手の動きに反応して調理テントへ目を向けたりしている。


 その中には、先ほど不安げな表情や不信に満ちた目をフィリカへ向けていた者もおり、フィリカは己の口角がさらに上がるのを自覚した。

 フィリカをいまいち信用しきれない彼ら彼女らを納得させて、はじめてベルテロッティ公爵家の次期公爵夫人として認められるといっても過言ではない。


 ――認められるよう、腕を振るわなくちゃ。わたしがレウィ様の隣に立っても問題ないと思ってもらえるように。


 フィリカがわざわざ実力を証明しなくても、彼ら彼女らの主であるレウィシアが言えば認めないといけなくなるとはいえ、彼ら彼女らが自ら納得してフィリカを認めてくれてこそ意味があるのだから。

 ふつり、ふつり。心の奥底から湧き上がってくる一種の闘志ややる気を感じながら、フィリカは調理テントへ歩を向けた。

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