第四話

4-1

 自分と同じく、人間を使って呪いを振りまこうと考えた邪竜の加護を受けた令嬢。

 戦闘に明け暮れてばかりいる、ガサツで野蛮な淑女の風上にも置けない社交界の嫌われ者。

 そういった評価を受けている令嬢がいると知ったとき、レウィシアが最初に感じたのは同族意識だった。


 人間を呪った竜の加護を受けた者は少ない。いてもほとんどが人目から隠されて人知れず死んでいくか、災いを呼ぶ前に殺してしまえという考えから殺されてしまうからだ。

 己のように表舞台に姿を見せる邪竜の加護者はとても少なく――故に、噂の狂竜令嬢とは一体どのような人物なのか興味を抱き、自分自身の足で見に行った。


 そこで目にした噂の令嬢は、噂で聞いていたような人物とは大きく異なった。


 ガサツ? 野蛮? 最初にあの噂を囁いた者は一体どこを見て物を言ったのか。

 オオイワイノシシの侵攻で荒れ果てた地には似合わないほど、彼女の姿は美しかった。戦場でも綺麗に整えられたその姿は戦乙女のようで、苦戦を強いられ弱っていた騎士たちの心に確かな安堵と力を与えていた。


 自ら率先して戦場に立つ姿は他家の人間からすると野蛮に映ったのかもしれないが、自らの家が治める地に住まう領民を守ろうとする、そのために剣を振るうことを選んだ姿はこれまでレウィシアが出会ってきた令嬢の中でもっとも輝いていた。

 彼女を隣に置けば、レウィシアが長年抱えて――けれど諦めていた夢も、現在頭を悩ませている事象も乗り越えることができるのではないか、と。

 そう思わせる希望が、フィリカ・ブルーエルフィンの中には存在していた。


 ――正直なところ、期待以上だったな。


 思いながら、レウィシアは己の屋敷に届いた箱の中身を使用人とともに確認し、一人で頷いた。

 ベルテロッティ邸の玄関ホール。綺麗に磨き抜かれた床の上には、屋敷を出入りしている行商人から購入した食材が詰まった箱が並んでいる。

 その中にある、黄色に染まった果皮が特徴的な果実――爽やかな香りが特徴的なのに一口齧ると驚くほどの酸味でひどい目に合うことで知られている、ツィトルーンの実。それを一つ手に取り、脳裏にこれを求めたフィリカの姿を思い浮かべた。


「……はたして、フィリカはこれをどう使うつもりなのやら」

「ヒメアマアジオウゴンクラゲほどではありませんが、ツィトルーンも食べづらい食材の一つでしょうに……未来の奥様は一体何をお考えなのでしょうか……」


 ともに食材の確認をしていたキッチンメイドが少しの不安を織り交ぜた声で呟いた。

 ヒメアマアジオウゴンクラゲを使った料理の試作のため、フィリカがキッチンを使うことは食卓を預かる彼ら彼女らにも伝えてある。決して怪しいことをしているわけではないことも伝えてある。

 だが、ヒメアマアジオウゴンクラゲだけでなくツィトルーンの実という使いにくい食材で何かをしようとしているフィリカの姿は、キッチンで働いている使用人たちからすると一体何を考えて何をしようとしているのかわからず、奇妙な姿に見えてしまうのだろう。


「魔獣料理に詳しい彼女のことだ。怪しいことや妙なことをしようとしているわけではないのだろう。……一体何を思いついたのかは俺にもわからないが……」

「……旦那様もご存知ないのですか?」

「ああ。だが……上手くいけば町が魔獣被害を受けたときの備蓄になるかもしれないと言っていた」


 訝しげな表情を見せたキッチンメイドへ答えながら、レウィシアはツィトルーンの実をねだったときのフィリカを思い出す。

 不安を滲ませた表情を消し、少しばかり強気な――少しの自信を混ぜた表情とともに、あのときのフィリカは確かにそういった。

 上手くいくかは不明だが、もし上手くいけばシュテルメアとレーシュティア領にとっての福音になると考えていいはずだ。


「……そう怪しむな。安心しろ。フィリカは我々にとって、希望の光になるはずだ」


 一言だけそういい、レウィシアは手に持っていたツィトルーンの実を箱に戻す。


「……もちろん、私たち使用人一同も旦那様の決定を信じております。長年、女性の気配を感じさせなかった旦那様がお選びになったお方ですもの。きっとフィリカ様をお選びになったことには何らかの理由があるのだと」


 そして、それが私たち領民にとって良い結果をもたらすものであることも。

 対するキッチンメイドは最後にそのような言葉を添え、少しばかり苦笑を浮かべたのち、確認を終えた食材の箱を持ち上げた。同じくキッチンを担当している他のメイドたちにも声をかけ、パントリーへ運び入れる準備を進めていく。

 その様子を少しの間だけ眺めたのち、レウィシアは玄関ホールの片隅で静かに待機していた赤髪の騎士へ目を向けた。


「ヘリオ」

「はい」


 レウィシアが短く名前を呼べば、相手からも同様に短く返事が返る。

 ベルテロッティ公爵家に仕える騎士たちに与えられた騎士服に身を包み、燃えるように赤い髪を首の後ろで一つにまとめた彼は、レウィシアが公爵家の騎士の中でもっとも信頼を寄せる相手。

 そして、ロムレア領まで狂竜令嬢の姿を見に行った日、ともにフィリカの姿を目撃した相手だ。

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