3-9
「……甘辛いというか……脳が混乱しそうになる、実になんともいえない味に仕上がりました……」
「言葉を選ばずに表現するなら?」
口の中に存在するヒメアマアジオウゴンクラゲをなんとか咀嚼し、飲み込む。
直後、素早い動きでグラスへ水を注いで呷り、フィリカはカンッと大きな音をたてて調理台へグラスを置いた。
「……とても……まずいです……」
フィリカが地を這うような声で一言返す。
その反応を見届けたあと、レウィシアも鍋の中のヒメアマアジオウゴンクラゲへ手を伸ばし、フィリカが静止の声をあげるよりも先に口の中に放り込んだ。
「あ、ちょっと……レウィ様!?」
フィリカが慌てて声をあげるが、時すでに遅し。
レウィシアは己の口の中で存在を主張するそれを噛みしめ、舌の上に広がる味を感じ――嫌悪の色をこれっぽっちも隠さない、渋い表情を見せた。
「……なるほど、これは……そもそも料理として食すのがつらい味だな……」
「……だから言いましたのに……とてもまずいと……」
言いながら、フィリカは額に手を当てて深い溜め息をついた。
気を取り直すかのようにもう一度、今度は浅く息を吐き出すと、新たなグラスに水を注いでレウィシアに差し出した。
水だけではあの不快感を取り除くのは難しいが、何もしないよりはいいはずだ。
レウィシアもフィリカから受け取った水で喉を潤し、深い溜め息をつく。
「……ただ辛味と組み合わせても駄目ということか」
「そういうことになりますね……。この甘みを完全に覆い隠せそうな辛味をつけるとしたら……」
「まず、ほとんどの者が口にできない辛味になるだろうな……」
フィリカが脳裏に思い浮かべたことをレウィシアが口にする。
彼の言葉に無言で頷いて肯定し、フィリカは自らのこめかみに指先を当てた。
――簡単にはいかないだろうと思ってたけど、本当に難航する気配がしてきたわね。
さすがは古くからシュテルメアで暮らす人々を悩ませてきた魔獣だ。
ロムレア領を悩ませる陸の魔獣たちとはまた異なる方面で手強く、どう打ち倒すべきかなやんでしまう。ロムレア領の魔獣たちがとにかく武力で襲ってくるのなら、こちらは搦め手で攻めてくるといった表現が合いそうである。
「ですが、辛味を加えた結果、ヒメアマアジオウゴンクラゲの暴力的なまでの甘みが多少和らいでいましたから……他の味を加えて調節するというのは間違いではないと思うんです」
問題は、どの味を加えるかだが。
辛味は失敗した。甘みは論外。苦みは――かえってヒメアマアジオウゴンクラゲの甘みを引き立ててしまい苦しむことになりそうだ。
残るは酸味だが、酸味でこの甘さに太刀打ちできるのかどうか不安が残る。
そもそも、甘みと酸味を違和感なく組み合わせられる料理なんて――。
――甘みと、酸味?
ぴた、とフィリカの思考がそこで一度止まった。
甘みと酸味。料理というよりは保存食になってしまうが、それらの味を両立できそうなものはある。
これも駄目だったら本格的に頭を抱えることになりそうだが――勝機はあるのではないか?
「……。……レウィ様、ツィトルーンの実はシュテルメアでも取り扱われていますか?」
酸味を感じる食材をいくつか思い浮かべ、その中でもっとも適しているだろうと感じた果実の名前を挙げる。
とにかく酸味が強く、しっかり熟さないと甘みが出ないと言われている果実。
フィリカが考えついた作戦を試すなら、きっとツィトルーンが最適だ。
「……ツィトルーンなら他国からも送られてくる。簡単に手に入れることができるが……何か思い浮かんだのか」
「はい。今回も失敗するか、それとも成功するか。どちらに転ぶかはわかりませんが……」
先ほどまで浮かべていた不安そうな表情を消し、かわりににまりと強気な笑みを浮かべてみせる。
「もし上手くいけば、魔獣被害を受けた際の備蓄にもできるかもしれません」
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