3-6
「……これはまた、ずいぶんと持ってきたな」
「ちょうど漁から戻ってきて、ヒメアマアジオウゴンクラゲの処理に困っていたお方がいらっしゃったので……」
いや、それでも少しもらいすぎてしまったかもしれない。
ベルテロッティ邸のキッチンに置かれた長方形の二つの箱――つい数分前に持ち帰ってきたそれらの箱を見つめたまま、フィリカは苦笑いを浮かべた。
港に続く道の途中で再会した船長から、今回の漁で獲れたヒメアマアジオウゴンクラゲを譲ってもらったのはいいが、こうして持ち帰ってみると本当に量が多い。
少々もらい過ぎてしまっただろうか。
いや、どれだけの数の試作品を作ることになるかわからない以上、多すぎるぐらいでちょうどいいはず。
少しの不安を咳払いでごまかし、すぐ傍に立つレウィシアを見上げる。
「レウィ様。こちらのヒメアマアジオウゴンクラゲを長期保管することができる設備はありますか?」
問いかけて、フィリカは横目でベルテロッティ邸のキッチンへ視線を向けた。
さすが公爵邸というだけあって、キッチンは広く、数多くの調理設備が揃っている。基本的な設備はもちろん、魔力や魔法石を動力とする調理器具まである。中に入れた食材へ短時間で熱を加えて温められる箱型の加熱調理器具も置かれているのには少し驚いた。
ブルーエルフィン伯爵家のキッチンにもさまざまな調理設備や器具が揃っている自信があったが、こうしてベルテロッティ低のキッチンを見るとまだ数が少なかったのだなと思ってしまう。
フィリカの視線を受け、ちらりと視線を向けたのち、レウィシアはキッチン全体に目を向けた。
「……そうだな……普段、この辺りの管理は全て使用人たちに任せているが……」
レウィシアにとっては見慣れたキッチン。
けれど、フィリカにとっては見慣れぬ設備しかないキッチン。
言葉にしたとおり、普段は使用人たちに管理を任せているが、全く足を運んだことがないわけではない。どんな設備があるのか、どんな調理を行えるのか、少しぐらいならレウィシアも把握できている。
フィリカの望みを叶える設備は――このキッチンの中に存在する。
「ヒメアマアジオウゴンクラゲの保管には、これが適しているだろう」
優雅な足取りで一歩を踏み出すと、レウィシアは壁際にある設備のうちの一つに歩み寄り、背が高い長方形状の設備に触れた。
箱状のそれはフィリカの背よりも高く、レウィシアよりも高い。清潔感のある白で塗られており、扉がついていて簡単に開閉できるように作られているようだ。扉の部分には深い青と水色に染まった大粒の魔法石がはめ込まれており、氷属性や水属性の魔力を動力としている魔法設備であることを物語っている。
この魔法設備にはフィリカも覚えがある――が、記憶にあるものよりもずっと大きく、フィリカは思わず目を丸くした。
「……魔力式の保存庫ですか? それも、中に入れた食材を冷やして保管することができる……」
呟くようなフィリカの声を、レウィシアが肯定する。
「ああ。フィリカも目にしたことがあったか」
「ブルーエルフィン家の屋敷にも似たようなものがあったので……さすがにここまでの大きさではありませんでしたが……」
ブルーエルフィン伯爵家のキッチンに置かれていた保存庫は、もっと小さかった。はめ込まれている魔法石の種類も一種類だけで、故にこれが魔力式の保管庫なのだと気づくのが遅れてしまった。
驚きつつも目を輝かせるフィリカを微笑ましそうに見つめながら、レウィシアは保管庫の側面を軽く手の甲でノックするように叩く。
「使わないヒメアマアジオウゴンクラゲは、ひとまずこの中に入れておくといい。あまりに長期間の保管は難しいだろうが、ある程度の期間はこれで腐らせずに保管できるはずだ」
「ありがとうございます、レウィ様」
なら、ひとまず一箱分を保管庫でしまっておくことにしよう。
もう一箱から今回使う分を取り出して、余った分は同様に保管庫の中に入れ、使う分だけを少しずつ取り出していくようにすれば鮮度をあまり落とさずにヒメアマアジオウゴンクラゲを試作品に変えていけるはず。
キッチンの床に置かれた箱のうち、早速一箱を保管庫の中へ入れ、もう一箱を持ち上げて調理台の上に乗せる。
水を通さぬ特別な素材で作られたその箱の蓋を開ければ、氷と一緒に入れられた無数の薄黄色――ヒメアマアジオウゴンクラゲがフィリカたちの目の前に現れた。
――改めてこうして見てみると、本当に数が多いわね。
心の中で思わず苦笑いを浮かべるフィリカの頭上で、箱を覗き込んだレウィシアも顔を苦くしかめる。
「……結構な量だな。これがあともう一箱分あるだと?」
「今日の漁で網にかかっていた分は本当に多かったそうです。わたしも、こうして分けていただくときに一度確認しておりますが……改めて見てみると大量だなと感じます」
同時に、一刻でも早くヒメアマアジオウゴンクラゲの問題をどうにかしなくてはと思う。
大量のヒメアマアジオウゴンクラゲが網にかかったということは、本来得られるはずだった魚介類がそれだけ獲れなかったということでもあるのだから。
蓋を箱の真横に置き、フィリカは心の中で小さくため息をつく。
その後、心に浮かんだ苦い思いを一度飲み込み、こちらの手元を覗き込んできているレウィシアを見上げた。
「レウィ様、わたしはこのままヒメアマアジオウゴンクラゲの調理に挑みますが……このままご覧になりますか? もしご覧になる場合、レウィ様のお手もお借りするかもしれませんが」
レウィシアは領主。ここでは客人になるフィリカとは異なり、忙しいはずだ。こうして今、傍に彼がいること自体も少し驚くものがあるぐらいなのに。
これ以上フィリカがやることに時間を割いている場合ではないのでは――そんな思いを込めて問いかける。
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