3-4

「……なるほど。よくわかりました。わたしの想像を簡単に飛び越える味をしているのだと」

「俺が茶と一緒に用意した理由もよくわかっただろう」

「ええ。とてもよく。確かに、これは紅茶を用意せずに食べるのは難しい……」


 片手で口元を覆いながら、改めてヒメアマアジオウゴンクラゲの切り身へ視線を向ける。

 見た目からは想像もできず、口に入れると広がる暴力的で凶悪な甘さは、そのまま食べるには不向きすぎる。

 仮に食料に活用しても、この甘みが存在するままでは食べ続けるうちに身体を壊してしまいそうだ。強烈すぎる甘みのせいで好き嫌いが分かれ、全ての住民が口にするのは難しい食物にもなってしまう。


「……これを食用にするには、甘みをなんとか和らげる必要がありますね……」

「ああ。俺も同じ結論に辿り着いた。これをなんとかしなければ、ヒメアマアジオウゴンクラゲを食料として活用するのは難しい」


 レウィシアの声に耳を傾けながら、フィリカはフォークでもう一枚、ヒメアマアジオウゴンクラゲの切り身を突き刺す。

 先ほどよりは慎重に噛むが、それでもじゅわりと滲み出てくる甘さに眉根を寄せた。


「他の活用法は?」

「魔獣の一匹だ。魔法加工品の素材にできないか考えたこともあったが、こいつから採取できる素材はほとんどない。薬の材料にできないかという声も過去に上がったことがあるようだが、結局有効な方法は見つからなかったようだ」


 なるほど、ヒメアマアジオウゴンクラゲが有毒魔獣で、海洋生物のみに対して致死性が高い毒を持っていると明らかになっているのは、過去にそういった研究が行われていたからか。

 毒も上手く使えば、立派な薬として使える。現在使われている薬の中には、元々は魔獣が持つ毒だったものも多い。

 残念ながら、ヒメアマアジオウゴンクラゲの毒は薬として活用できないと一度結論が出てしまったようだが。


「……ずいぶん特徴的な毒のようですから、研究が進めば何らかの方法で活用できそうですが……明確な形になるのは時間がかかりそうですね」


 呟いたフィリカへ、レウィシアが静かに頷く。


「過去に一度研究が行われているため、何もない状態から研究を始めた場合よりもまだ良いだろうが、時間を必要とするのは避けられないだろう」

「毒の活用法を探すのは、他の活用法の研究と並行して行うとして……」


 なんとか二枚目の切り身を咀嚼し、飲み込んで、舌に残る暴力的な甘みを紅茶で洗い流す。

 手にしたティーカップをソーサーに戻し、フォークもテーブルへ置いて、フィリカは浅く息を吐いた。


「……現状、もっとも現実的と思われるのは、やはり食用としての活用ですね」


 レウィシアと言葉を交わす中で、フィリカが改めて出した結論はそれだ。

 己がもっとも得意とする魔獣の活用法だからというのも無意識の理由に含まれているだろうが、町の状況を考えてもこれがもっとも良いはずだ。

 魔法加工品として加工しようにも、素材がほとんど採取できない。

 毒を薬として使うのも、毒の研究に時間がかかる可能性が高い。


 だが、食用として活用することができれば――大量発生したヒメアマアジオウゴンクラゲを食すことで数を減らし、疲弊しはじめているシュテルメアが食料危機にみまわれる心配も減らせる。

 ヒメアマアジオウゴンクラゲを使った食べ物が新たな名物となり、シュテルメアの活気に繋がる可能性だってあるかもしれない。

 そう結論を出したフィリカだが、レウィシアの表情は少々険しい。


「だが、この甘みはどうする? これをなんとかしない限り、ヒメアマアジオウゴンクラゲを食料にするのは難しいぞ」

「そこはこれから方法を見つけるしかありません。我がロムレア領で提供している魔獣料理も、最初は食べられないと思っていたところからスタートしました。今回もあのときと同じような場所からスタートすればいいだけです」


 そういって、フィリカはにんまりと口角をあげた。

 これまで一度も相手にしたことのない海の魔獣だ。上手く調理できるかわからず、必ず調理に成功すると断言するのも難しい。

 しかし――フィリカの中には、ロムレア領で過ごす中で積み重ねてきた経験がある。技術がある。知識がある。これらの力は、海の魔獣料理開発でも大きな武器になるはずだ。


「わたしを信じて任せてください、レウィ様。きっと成果を出しますから」


 自分自身を奮い立たせる意味も込めて、凛とした声で言う。

 片手で己の胸に手を添えて、フィリカ自身のことも示しながら。

 必ず成果を出すとは約束できない。即座に結果を出すとも約束できない。

 だが、ヒメアマアジオウゴンクラゲの調理法を見つけ出し、シュテルメアの町民たちを救いたいという思いには一点の曇りもない。


「……ああ、わかった。なら、ヒメアマアジオウゴンクラゲの活用法――調理での活用法を探るのは、お前に任せよう。フィリカ」


 自信に満ちたフィリカにつられたかのように、レウィシアが唇の両端を持ち上げる。

 どこか挑戦的な空気も感じさせる彼の笑みに対し、フィリカも大きく頷いて、同じように唇の端をにんまり持ち上げた。


「ええ。任せてくださいな、レウィ様」


 任せてもらえている。期待をしてもらえている。

 その事実がびりびりとフィリカの肌を撫で、心を撫で、奮い立たせる。


 ――何らかの成果を出してみせよう。


 ふつり、と闘志にも似た決意がフィリカの胸の奥に灯る。

 困難な道のりだったとしても、諦めずに活用法を見つけ出してみせよう。

 狂竜姫、フィリカ・ブルーエルフィンはいつだってそうしてきたのだから!

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