3-2

「お通しして」


 素早く、けれど丁寧に身なりを整え、最後に咳払いをして気分を入れ替える。

 レウィシアの来訪を聞いて慌てふためいていた様子を綺麗に隠し、フィリカはメルへ扉を開くように指示を出した。

 落ち着いた様子からは、フィリカが少し前までバタバタと慌てていただなんて予想できないだろう。

 指示を受けたメルが大きく扉を開け、わずかに横へずれる。

 少しの空白のあと、来訪者は優雅な足取りでフィリカの前に姿を見せた。


「ようこそ、レウィ様。わたしのために時間を使ってくださって感謝いたします」


 両手で身にまとうドレスのスカートをわずかに持ち上げて広げ、深々とお辞儀をする。

 頭を下げた状態を数秒ほど維持したのち、ゆっくり顔をあげれば、こちらを見下ろす薄灰色の両目と視線が絡んだ。

 見つめる先で、レウィシアの両目がにんまりと弧を描く。


「ああ。こちらこそ、ずいぶんと可愛らしい反応を見せてくれて感謝する。おかげでフィリカの愛らしい瞬間を目にすることができた」

「……え」

「準備。ずいぶん急いで出迎える準備を整えてくれていたようじゃないか」


 もしや、慌てて身なりを整えたり、テーブルの上を簡単に片付けたりしていた音が聞こえていたのだろうか。

 急に気恥ずかしさがフィリカの中で膨れ上がり、ぼっと頬に朱色が差す。

 即座に咳払いをして気を取り直したが、その姿すらもレウィシアには微笑ましく映るらしく、くつくつと声を押し殺してかすかに笑った。


「全く。想像以上に愛らしい反応を見せてくれるな、お前は」


 ……甘やかさを含んだ声と、穏やかな笑顔でそんなことを言わないでほしい。

 フィリカの頬に差した朱色がますます強くなり、一気に熱をもつ。

 急激に顔が熱くなるのを感じながら、もう一度咳払いをして気持ちを落ち着ける。

 面白いものを眺めるかのようなレウィシアへ一瞬だけじとりとした視線を送ってから、フィリカは椅子の一つを軽く引き、手で示した。


「……せっかく来ていただいたのに、ずっと立ち話というのも気になりますので。メル、お茶もお出しして」

「ああ、その必要はない。こちらで用意しているからな」


 そういって、レウィシアは数回ほど胸の前で手を叩いた。

 乾いた音が空気を震わせ、伝わっていく。

 瞬間、部屋の傍で待機していたのか、見慣れないメイドがサービングカートを押して室内へ入ってきた。


 サービングカートの上にはアンティーク調のティーポットが一つと、同じデザインをしたティーカップが二つ。さらに、薄黄色をした半透明の切り身を乗せた皿が置かれており、ティータイムを過ごすため――にしては変わったものもあるが、とにかくティータイムを過ごすのにぴったりなセットが揃っている。

 驚いて目を丸くするフィリカへにんまりとした笑みを見せ、レウィシアは先ほどフィリカがそうしたように椅子を一つ軽く引いた。

 ちょうどレウィシアと向き合う席の椅子を。


「フィリカも座るといい。茶でも飲みながら、ヒメアマアジオウゴンクラゲの対策について話し合おうじゃないか」


 そういわれてしまえば、断る理由はない。


「……お茶のお誘い、感謝いたします。わたしもレウィ様とお話したいと思っておりましたから……喜んで」


 でも、できればこちらからお茶に誘いたかったな――なんて。

 ほんの少しの悔しさを噛みしめつつも、フィリカはレウィシアが引いてくれた椅子に腰を下ろした。

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