2-4

「……その、ヒメアマアジオウゴンクラゲは何らかの形で有効活用はできないんですか?」

「いやぁ、そいつは難しいんじゃないか? 奴らを使った何かとか、まーるで思いつかん」

「お嬢さんも実際に奴らを見たら納得すると思うわ。遠方から来たんなら、ヒメアマアジオウゴンクラゲがどんな奴かも知らんやろ」

「そうだ。ちょうど今、領主様も港に来てるから話を詳しく聞かせてもらいな。さすがに調査内容までは教えてもらえんだろうが、参考になる話は聞けるかもしれないぞ」

「え……?」


 漁師の一人からすれば何気ない一言。何気ない提案。

 だが、発された言葉の一つはフィリカにとって驚くもので、思わずぽかんとした間抜けな声が出た。


「領主様がいらしてるんですか? 港に、今?」


 将来、フィリカの夫になる人が?


「おう。お忙しい中、わざわざ視察に来てくださったんだよ。まだお屋敷に戻ってないと思うから、もしかしたらお会いできるかもしれないぞ」

「俺らが最後に見たのは……あっちに船が見えるか? 大体中くらいの大きさの船なんだが」


 体格のいい漁師が波止場に停泊している船のうちの一隻を指で示す。

 示された方向にはたくさんの船が見えるが、彼が口にしたと思われる一隻が確かにある。停泊している船は小型船が中心で、指定された大きさの船は一隻しか見当たらないのもあって、普段船をあまり見慣れていないフィリカでも簡単に見つけ出せた。

 その船を見つめたまま首を縦に振り、声なき返事を返す。


「あの船がちょいと前に漁から戻ってきたばっかりなんだが、領主様が被害状況を確認するために様子を見に来てたんだよ。だから、まだあの周辺のどこかにいるかもしれないぞ」


 漁師の言葉に反応し、フィリカは素早く中型船が停泊している周囲に視線を巡らせた。

 船から離れている現在地から目的の人物を見つけ出すのは容易ではない。おまけに顔も姿も知らない相手だ。遠目から眺めてぱっと見つけ出すことは不可能だったが――あの船の周辺にまだいるかもしれないとわかっているだけでも大きい。

 短い時間、中型船の周辺を眺めてから漁師たちへ視線を戻し、フィリカは深々と頭を下げた。


「わかりました。せっかくですので、少し見に行ってみます。教えてくださってありがとうございます、漁師様」

「いいんだよ。お嬢さんこそ、ちょいと俺らの話を聞いてくれてありがとな。誰かに話したからか、さっきよりも落ち込んだ気分がマシになった気ぃするわ」

「領主様から何かしらの話を聞けたらいいな。んじゃ、俺らも仕事せにゃならんから、この辺りでな」

「はい。お忙しい中、わたしに時間を割いてくださって本当に感謝しております。お仕事、頑張ってくださいね」


 最後に一言添え、手を振ってから歩き出した漁師たちへ手を振り返す。

 彼らの背中が人混みにまぎれて完全に見えなくなった頃、振っていた手をゆっくり下ろし、フィリカはメイドへ視線を向けた。


「……今の話、聞いてた?」

「は、はい。まさか、ベルテロッティ公爵様がいらしてるなんて……」


 ぽかんとしたような声色で呟いたメルへ、フィリカは小さく頷いてみせる。

 フィリカだって漁師から聞いたときは驚いたのだ。傍でずっと話を聞いていたメイドも同じくらいか――あるいはフィリカ以上に驚いたことだろう。

 まさか、フィリカだけでなく婚約相手まで港に来ているとは思わなかった。

 だが、逆に都合がいい。彼がどのように領民たちへ接しているのか、仕事をしている姿はどのようなものなのか、領民たちとの関係はどうなのか――屋敷内では見えにくい姿まで目に映すことができる可能性がある。


 レウィシア・ベルテロッティがどのような人物なのか、詳しく知れる絶好のチャンスだ。


「行きましょう、メル。公爵様が移動する前に見つけなきゃ」

「あっ、お、お待ちください、お嬢様!」


 一言だけ声をかけてから、足早に漁師たちが教えてくれた方角へ向かう。

 まだ出会ったことのない未来の夫は一体どのような人物なのか――その興味と状況をより詳しく知りたいという思いがフィリカの歩く速度を速めた。

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