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「……あのとき、お父様に魔獣の肉を食べて処理する案を提案してみてよかった」


 自分一人にしか聞き取れないほどの小さな声で、一人呟く。

 フィリカがロムレア領にもたらした福音がこれだ。

 これまで、討伐した魔獣の死骸は人々が暮らしている領域から遠く離れた場所へ打ち捨てることしかできず、他の魔獣が打ち捨てられた魔獣の肉を食らうか、土に還っていくのを待つといった方法で処理するしかなかった。


 しかし、他の魔獣が打ち捨てられた魔獣の死骸を食えば、その肉を口にした魔獣が力をつけてしまう。

 土に還っていくのを待てば、死骸の腐敗が進むにつれて魔素と呼ばれる毒素の一種が発生し、大地を汚染して人々が暮らす領域へ悪影響を与えてしまう危険性が発生する。

 実際に、大地の汚染が進んで土や水の質が悪化してしまったという報告も上がっており、どちらの方法も領地に何らかのダメージや悪影響を与えてしまうというデメリットがあった。


 領主であるフィリカの父が長年頭を抱えてきた問題。

 この問題を解決したのが、フィリカが提案した『討伐した魔獣の肉を調理して食べる』という処理方法だった。


 狂竜は魔獣や他の竜を食らい、飲み込み、自分の力に変える能力を持つ。

 そんな力を持つ竜の加護を受けたフィリカも魔獣を食べることができるのではないか――と考えつき、実行したのだが、その結果フィリカの魔力の大幅な向上に繋がったという結果が出たのだ。

 これはフィリカが狂竜の加護者だからできたことなのか、それとも魔獣の肉を食べると誰でも得られる効果なのか――この考えを話して、自ら志願してきた騎士や使用人たちと研究を重ねた結果、魔獣の肉は調理さえすれば誰でも口にできること、魔獣の肉を口にした者には魔力だけでなく身体能力も向上するという結果が出て――それ以来、ロムレア領では魔獣討伐後、討伐した魔獣の処理も兼ねてこうした祝賀会が行われるようになった。


 おかげで、ロムレア領とブルーエルフィン辺境伯家を守る騎士たちは昔よりもはるかに頑強で優れた戦闘技術を持つ騎士団へ成長し、魔獣肉を使った料理を口にするようになった領民たちも少しの間であれば魔獣と戦える力を手にした。

 魔獣の死骸を放置することによる大地の汚染が進む心配が消え、魔獣をはじめとした外敵を退ける防衛力も向上し、ロムレア領とブルーエルフィン辺境伯家は外部からの脅威――魔獣や他国の武力に強い領地と名家へと大きく成長した。


 竜たちの間で不和を呼び、自分以外の多くの竜に食らいつき、その力を奪い取ってきた狂竜。

 多くの命を奪い、戦乱を呼び、数多の破滅を呼んだ狂竜の加護者。

 恐れられ、憎まれ、危険視され、嫌われてきた狂竜とその加護者だが、ロムレアの地では守り神のような存在になりつつある。


 ――あんなに褒めちぎられると、さすがに照れるものがあるけど。


 フィリカのことを笑顔で話す騎士や領民たちを横目で見て、照れくさい気持ちを噛み締めながら苦笑を浮かべる。

 魔獣討伐に積極的に参加するようにしているのも、討伐後の魔獣の調理を自ら進んで行っているのも、ブルーエルフィン辺境伯家に生まれた者として、そして魔獣肉の調理という手段を提案した者として、自分なりに役目を果たそうと考えて実行しただけだ。

 フィリカからすれば、どれも当然のことで――それをこんなにも感謝されて褒めちぎられるというのは、正直くすぐったくて仕方ない。


「……けど、みんなを怖がらせて不安にさせてないってことだろうから……そこは安心できるかも」


 一人で小さく呟き、浅く息を吐く。

 狂竜の加護者がどのような存在として見られるか、フィリカも書物で得た情報や受けた授業の中で学んでいる。

 過去に出席した夜会や茶会でも、周囲の子息令嬢たちの視線が、多くの人々にとって狂竜の加護者がどのような存在であるのか鮮明に物語っていた。


『聞きました? ブルーエルフィン辺境伯様のお話。なんでも、狂竜の加護者が現れたとか……』

『辺境伯様もお気の毒に。よりにもよって、ご息女が狂竜に見初められてしまうだなんて……これまでドラグティア国のために尽くしてきたというのに。竜国の番犬の歴史もここまでになるでしょうね』

『噂によれば、これまで現れた狂竜の加護者と同様に辺境伯様のご息女も幼くして剣に興味をもち、今では戦場に立っているとか。令嬢の嗜みである楽器や刺繍の練習もせず剣の練習ばかりして、魔獣や荒れくれ者、他国の兵士たちと戦ってばかりいるんだとか……本当に野蛮なご息女だそうで……』


 恐怖、警戒、嫌悪、嘲笑――こちらへ向けられていたさまざまな視線と、囁かれる言葉たちは深く記憶に焼きついており、簡単に思い出せる。

 揃いも揃ってフィリカをちらちらと見ながら、こそこそと囁きあう他家の令嬢たち。


『あれが噂のブルーエルフィン辺境伯家の……』

『見た目は結構綺麗じゃないか。ああ、でも噂によればかなり野蛮なご令嬢なんだったか?』

『いくら見た目が綺麗でも、剣ばっかり振り回してるようなご令嬢じゃなぁ……』


 こちらを小馬鹿にするような、明らかに下に見ているとわかる視線を送りながら口元を歪める他家の子息たち。

 ロムレア領内では素晴らしい力を持つ令嬢として扱われるフィリカの存在は、一歩外の世界に出れば、いつ周囲に牙をむくかわからない――令嬢としての基本的な嗜みも身につけていない、恐ろしくて野蛮な令嬢として扱われた。


 フィリカからすれば、魔獣の襲撃や他国からの侵略に目を光らせ続けなければならない地で、楽器の演奏や刺繍が何の役に立つといったところなのだが、どうやら世間的にはそうではないらしい。

 貴族令嬢として生まれたのなら、いつ役に立つかわからない貴族令嬢としての嗜みを身に着けて、守られる立場に甘んじて、領民や領地に危険が迫っても大人しくしているのが普通で――自らも領民や領地を守るために行動を起こすフィリカの姿は異端でしかないのだと、夜会や茶会に参加するたびに突きつけられた。

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