1-3
「――……うん、これでよし。みんな、焼き上がったから持っていって!」
ロムレア領の一角に存在する町、ラエティア。
今回、魔獣からの襲撃を受けていたその町の出入り口付近にある駐屯所前の広場は、肉を調理する芳しい香りに満ちていた。
討伐戦が起きていたときに場を支配していた緊迫した空気はどこにもなく、負傷し、傷の手当てを受けた騎士や冒険者、傭兵たちの姿がラエティアの周辺で激しい戦闘があったことを物語っている。
しかし、駐屯所前の広場に集まった人々の表情はとても明るく、魔獣の脅威にさらされていたと思えないほどだ。
だって、今この場で行われているのは祝賀会。魔獣の脅威から無事に町を守れたことを祝い、討伐して得た魔獣肉という食料を調理して振る舞う場なのだから。
「オオイワイノシシからラエティアを守れたのは、みんなの力があったおかげだもの。これを食べて、また魔獣が襲来したときのためにもっと力をつけておいて」
「はい!」
「ラエティアのみんなも遠慮せずにどんどん食べて。みんながオオイワイノシシの群れにいち早く気づいてくれたおかげで、大きな被害が出る前に対処できたから」
「本当にありがとうございます、フィリカ様!」
広場に設置された野外用グリルに並べられた魔獣の肉――綺麗に解体し、捌かれ、適度な厚さに切り分けられたオオイワイノシシの肉を、焼けたものから順番に皿の上へ引き上げていく。
こんがりと焼き上がり、ほこほこと湯気をたてるそれを騎士や領民たちへ手渡しながら、フィリカは柔らかな笑みを浮かべてみせた。
少々濃い色合いをした赤身と薄く桜色に色づいた脂身が炭火によって加熱され、こんがりと色づいた肉は見る者の食欲を刺激し、空腹を駆り立てる。
場に満ちた香りはもちろん、視覚的にも食欲を刺激するものがあり、焼かれたオオイワイノシシの肉が盛り付けられた皿を手にした騎士や領民たちも両目を輝かせている。
辺境伯令嬢が魔獣討伐の場に立つだけでなく、討伐した魔獣を手ずから調理してふるまう――他家の令息令嬢たちから見ればありえない光景だろうが、ロムレア領では何度か繰り広げられている光景だ。
「肉粥も作ってみたから、お肉をちゃんと食べられるか自信がない人はこっちを持っていって。ステーキよりも少しは食べやすいと思うから。こっちにコンロに置いてあるから、肉粥がいいっていう人はこっちから持っていって」
その言葉とともに、フィリカはもう一つ用意された野外用コンロを手で示した。
焼き網にずらりとオオイワイノシシの肉が並べられたほうの野外用コンロとは異なり、青い色をしたこちらには寸胴鍋がどんと置かれている。それなりの大きさをした鍋の中は香味野菜と一緒に細かく切ったオオイワイノシシの肉とチキンスープで煮込まれた米で満たされており、こちらも食欲を刺激する香りを漂わせている。
こちらのコンロの傍にはエプロンを身に着けたメイドたちが立ち、器に肉粥を盛り付けては希望する者へ手渡していっていた。
ステーキ以外の料理もあると知った騎士や領民の何人かがほっとしたように表情を緩め、そのうちの数名はステーキを前にした人々と同様に目を輝かせる。
「わかりました。本当にありがとうございます、フィリカ様」
「ううん、こちらこそ繰り返しになってしまうけどありがとう。飲み物もいろんなものを用意してるから、好きなのを選んで楽しんでね」
浮かべた笑顔を崩さずに感謝を述べた領民へ返事をし、フィリカは料理の提供をメイドたちに任せてコンロ前を離れた。
料理が広場に集まっている人々に行き渡っているか、料理を手にできていない者はいないか――参加者たちの様子を見て回っているフィリカを目にした騎士たちや領民たちが明るい表情で言葉を交わす。
「本当、お嬢様が魔獣討伐に加わるようになってから負傷者が減ったし、こうして討伐した魔獣を食うようになったから死骸の処理にも困らなくなったし……良いことばっかりだよな」
「私たち住民も、騎士様方が駆けつけてくださるまでの間、ほんの少しなら魔獣の足止めができるようになりましたし……私たち住民たちもフィリカ様には本当に感謝しております。魔獣は食べることができるとわかったおかげで、食料不足に悩まされる可能性も低くなりましたし」
「魔獣の肉を食べるってはじめて聞いたときは驚いたが、魔獣肉を食べるようになってから昔より力がついた感覚もあるんだよ。ラエティアが昔よりもうんと元気になったのは、間違いなく騎士様方とフィリカ様のおかげだよ」
自らが生まれた家に仕える騎士や、自らの家が治める領地で生きる人々がフィリカを称賛する声を耳にするのは照れくさくて、少々落ち着かない。
だが、こうして騎士たちや領民たちが話していることを己の耳で聞くと、過去に自らが提案したことで人々の助けになれているのだとわかり、安堵するものがある。
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