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 狂竜姫。

 気が触れた、正気を失った、狂った竜から愛された令嬢。

 それが、ブルーエルフィン辺境伯家に生まれた令嬢――フィリカ・ブルーエルフィンに与えられた二つ名であり、生まれ落ちた瞬間に周囲から受けた評価だ。


 フィリカが生まれ落ちたドラグティア国には、古くから人と竜が絆を育んできたという歴史が存在する。その絆は建国の時代から存在し、大地に息づく数多の竜たちの存在はドラグティア建国の歴史を語るにあたり、決して外せないものと化している。


 ドラグティアの初代国王は魔獣蔓延る荒れた地になっていたドラグティアに降り立ち、のちに神竜と讃えられる竜とともに蔓延っていた魔獣を退け、人間が暮らしていける国へと変えた――そして、神竜はドラグティアを作り上げた初代国王へ祝福を授け、神竜に従って他の竜たちも同様に人間たちへ祝福を与えた。

 建国の時代から長い時が経った今では、竜たちの祝福は一部の人間にしか発現しない特殊な力へ変化してしまったが、今もドラグティアで生きる人々を支え続けている。


 だが、全ての竜が人間に対して好意的だったわけではない。

 竜たちの中には人間を矮小で愚かな生き物だと認識し、そのような生き物に手を貸すことを嫌い、人間を使って不和の種を蒔こうと歪んだ祝福を――それこそ、呪いという言葉が似合いそうな祝福を与える竜もいた。


 狂竜令嬢。狂竜姫。

 そのような二つ名を与えられたフィリカに発現した祝福の力も――彼女にその祝福を与えた張本人である竜も、人間を使って不和の種を蒔こうという邪心を抱いた竜だ。


 狂竜の加護者は皆、異常なまでの身体能力と魔力操作技術をもつ。

 だが、そのかわりに成長する中で強い攻撃性に支配されやすいというデメリットを抱えており、歴代の狂竜の加護者はほとんどが狂気的なまでの攻撃性に支配され、多くの戦乱を引き起こしてきた。

 故に、今から十七年前――ブルーエルフィン辺境伯家が治めるロムレア領にフィリカが生まれ、狂竜の寵愛を受けていると明らかになったとき、多くの貴族は長らく辺境の地を守ってきたブルーエルフィン家の滅亡を噂した。


 ――しかし。


「みんな、無事? 大きな怪我をした人はいない? ひどい傷を負っていない人は怪我人を町の中まで運んであげて。まだ余力がある人たちは討伐したオオイワイノシシを運び込むのを手伝ってくれる?」

「はい!」


 全てのオオイワイノシシが倒れ、討伐戦の決着がついた中、フィリカの穏やかな声が響く。

 古くから魔獣が多く生息し、被害者が多数発生し続けている厳しい環境の領地。

 魔獣だけでなく、他国の動きにも目を光らせ続ける必要があるロムレアという地。

 ドラグティア国に迫る危険を退け続けてきたブルーエルフィン辺境伯家と多くの危険にさらされ続けてきたロムレア領にとって、狂竜からの寵愛を受けた令嬢の誕生はこれ以上ない福音だったのである。

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