第14話 ある決意
セネトがふたり分の飲み物を持って受付まで戻ってきてからは、ブライソン達の処遇について、セネトとフェルメルが話し合っていた。
リナーシャは興味がない、
冷たい液体が喉を通り、心地よく体内に広がっていく。今日はあまり水分を補給していなかったので、乾いた身体が癒やされていき、活力が戻ってくるのを感じた。
(あっ……美味しい。これ、何の葉っぱを使っているのでしょうか?)
鼻を寄せて、くんくんと茶葉の香りを嗅いでみる。
〝魔の森〟にある植物でこれと似た味を出せるものがあるだろうか。そんなことを考えているリナーシャとは裏腹に、受付の中からフェルメルの憤然とした声が聞こえてきた。
「ブライソン達を許すことはできないわ。完全な規約違反だもの。各ギルドに報告して、見つけ次第冒険者資格を剥奪、若しくは一定期間の活動停止に処すべきよ」
しかし、セネトはフェルメルの提案を受け入れない。
「いや、彼らのことは放っておいてくれ。特に何も処分はしなくていい」
「どうしてよ!? あなた、殺されかけてるのよ? 助かったのだって、本当にただ運が良かっただけなんだから。ねえ、リナーシャさん」
いきなり話題を振られて、リナーシャは一瞬びくっとしながらもこくこくと頷く。
確かに、運は良かったと思う。〝魔の森〟の中で起きたことは、大抵植物の意識を通してリナーシャにも流れ込んでくるので、何か問題が起こっていれば、当然知ることにはなっていた。だが、帰り道にあの場に遭遇したのは完全に運だ。もう少しリナーシャがあそこを通りかかるのが遅ければ、セネトは死んでいたかもしれない。
フェルメルの言葉に対して、セネトは「僕にだって悪かった点はある」と反論した。
「ブライソン達の立場に立ってみると、僕は憎まれても仕方ないよ。彼らはただ、報酬でいい生活がしたいだけだった。でも、僕は違う。もっと強くなりたかったし、高みを目指しかった。彼らからすれば避けたいような危険な依頼だって、無理を言って受けてもらっていたんだ。貴族の冒険者ごっこで命を落として堪るか、と言いたくなる気持ちもわからなくもないよ」
彼はそこまで言ってから果実ジュースを飲んで、一息吐いてから続けた。
「それに、もしブライソン達から冒険者資格を剥奪してみろ。彼らに他の生き方ができるとは思えない。きっと、ただの野盗になり下がるだろう。確かに、僕にした仕打ちは酷いものだったよ。でも、彼らが冒険者を続けていれば、きっと誰かの役に立つ。野盗にしてしまうよりは、断然その方が良いさ」
「でも──」
「いいかい、フェルメル。僕は君を信用しているからこそ、全てを打ち明けたんだ。でも、それはあくまでも僕と君との間だけに留めてほしい。セネト=ケリガンはあくまでも自分でしくって命を落としかけた。彼らは、自分が生きるために〝魔の森〟から逃げ出しただけなんだ。そういうことにしておいてくれないかい? 彼らとの落とし前は、今度どこかで会った時につけてもらうからさ」
言ってから、セネトはフェルメルに向けて片目を瞑ってみせる。口調こそおどけているが、そこにはほんの少しの威圧も含まれている。
ずるい言い方だな、とリナーシャは思った。信用を持ち出されてふたりだけの話にしてくれと言われては、フェルメルも追及できない。
彼女が自分との信用関係を重視することを、セネトはわかっていてああいう言い方をしたのだ。さすがは有名貴族のご子息というところだろう。人の御し方を、わかっている。
「あなたって、そういうところがずるいのよね……」
フェルメルはまだ納得できていない様子だが、おそらくは何かしらの特別な感情を抱いているセネトからそう言われてしまえば、黙るしかない。
気まずい空気が、その場に漂っていた。
誰もが口を閉ざし、わずかな物音さえも遠く感じられる。静まり返った受付には、冷たい紅茶の氷が溶ける音だけが、かすかに聞こえた。
︎︎その重い空気に耐えきれず、リナーシャはそろりと手を上げる。
「あの……セネト達が受けた依頼なんですが」
ふたりの視線が、こちらに集まった。フェルメルが『どうぞ』と手で促してくれたので、リナーシャは続けた。
「依頼自体は失敗として報告されているんですか?」
「そうねー、ブライソン達からギルドには報告されてるんだけど、まだ依頼者にその報告をしてないから、完全に失敗として扱われているというわけではないわ。セネトの安否もわかったことだし、明日にはするつもりだけど」
フェルメルが答えた。
加えて、冒険者について詳しくないリナーシャに、フェルメルが色々と教えてくれた。
依頼は未完了のまま依頼者に報告されていないため、今ならまだ継続扱いだという。ちなみに、依頼に失敗すれば評判が下がり、昇格の機会を逃すことになる。続けば降格もあり得るらしい。このまま報告されたなら、セネトの冒険者としての評価は下がってしまうとのことだった。
今回の場合は、まだギルドから依頼人にカーラフローレを見つけられずに諦めたことが伝わっていないので、依頼としては継続されている。
「ということは……カーラフローレをその方に渡せば、依頼は完了ということになるんでしょうか?」
「それは、そうだけど……」
フェルメルとセネトが、怪訝そうに顔を見合わせていた。
依頼に失敗して冒険者としての格が下がれば、セネトを〝勇者〟にしたいリナーシャからしても不都合であるし、彼が色々と隠し事をしているのも、何となく気持ち悪い。
これは良い機会かもしれない──リナーシャは心の中である決意をしてから、セネトの方をじっと見据えた。
「では、セネト。依頼者の方のところに早速伺いましょう」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます