第12話 受付嬢が現れた!

(冒険者ギルドの方、でしょうか?)


 リナーシャは、吃驚の表情を浮かべるその女性を見やった。

 肩に届くほどの栗色の髪が揺れ、洗練された制服に身を包んでいる。その姿から、冒険者ギルドの職員であることが窺えた。

 ギルドの受付嬢は瞳を潤ませながら、セネトをじっと見つめていた。その視線には、怒りと安堵が入り混じった複雑な感情が浮かんでいる。


「やあ、フェルメル。ちょうど今、ギルドに行こうとしていたところなんだ」

「行こうとしていた、じゃないわよ!」


 フェルメルと呼ばれた女性は、セネトに怒りの言葉を投げかける。


「町に戻ってたらすぐにギルドに連絡しなさいよ! 私がどんな気分だったと思ってるの……!?」


 彼女はセネトの肩をぎゅっと掴むと、そのまま嗚咽を堪えるように唇を噛み締めて俯いた。


「だから、今から行こうと思ってたんだよ。君が心配していると思ったからね」

「それならそう言いなさいよ! 無事で本当によかった……」

「今、言ったと思うんだけどな」


 セネトはバツの悪そうな笑みを浮かべると、ぽんぽんと彼女の肩を叩いてから、こちらに肩を竦めてみせた。


(この方は……セネトとどういう関係なのでしょうか)


 リナーシャはふたりの様子を見て、眉を顰める。

 あまり冒険者については詳しくないが、冒険者ギルドの受付ならば、おそらく担当の冒険者がいれば心配するだろう。だが、彼女の反応はいち冒険者に対してするものにしては、少々度が過ぎている。

 もしかすると、個人的にもっと親しい仲なのだろうか。

 そう思った時に、リナーシャの胸の奥に小さな違和感が広がる。それは、自分でも説明のつかない、曖昧な感覚だった。


「それで、フェルメル。一体僕はどういう扱いになってるんだい?」


 リナーシャの目を気にしたのか、セネトはフェルメルを自分から少し離して、冷静な声音で訊いた。


「ブライソン達が、あなたは〝魔の森〟で〝花の魔女〟に殺されたって言っていたのよ。だから私は〝魔の森〟の依頼はおすすめしないって言ったのに……!」


 フェルメルが涙ながらみ話した。

 その言葉を聞いた瞬間、リナーシャの胸に嫌悪感が広がっていく。


(……何ですか、それ)


 さすがに、これには苛立ちを隠せない。

 これだから人間、と心の中で毒づく。自分達でセネトを殺そうとしていたくせに、嘘を吐いてしかもリナーシャのせいにしようとするなどとは。本当に殺しておけばよかった。

 セネトがそれをどう思っているのか、リナーシャにはわからなかった。ただ、彼の表情には怒りや苛立ちが浮かぶことはなかった。むしろ、柔らかい微笑みを浮かべたまま、彼は穏やかな声で答える。


「それは違うよ、フェルメル。僕を殺そうとしたのは、〝花の魔女〟じゃない。ブライソン達だ」

「え!? どういうこと!?」

「あいつらは〝魔の森〟の深部で僕を闇討ちして、そのまま葬り去ろうとしたんだ。人を見る目がつくづくないと実感させられたよ」

「そんな、仲間を闇討ちだなんて……ひどい」


 フェルメルの目を、憎しみの色が彩る。


「それで? そのブライソン達はどうしたんだ? まだこの町にいるかい?」

「いいえ。あなたが死んだことだけ伝えて、逃げるようにニースダンを出て行ったわ。〝花の魔女〟が怖かったんだと思ってたんだけど……違ったのね。そりゃそうよ。〝花の魔女〟に襲われただなんて報告、これまでもなかったもの。せいぜい昔プラヴィルの軍が進行してきたくらいよね」


 憤然とするフェルメルを見て、セネトが物言いたげな笑みをこちらに向けた。

 何が言いたいのだ、この男は。言っておくが、リナーシャから来訪者を襲ったことなどない。今回がその例外なだけだ。

 そこで、セネトの視線に気付いたのだろう。フェルメルの視線が一瞬リナーシャへと流れて、はっとして頭を下げる。


「あっ……ごめんなさい。私ったら、取り乱してしまって。お連れの方がいらしたのね」


 リナーシャは心臓が少し跳ねるのを感じた。

 セネトがどのように返答するのか、無意識に緊張してしまう。


「命の恩人だよ。何とか〝魔の森〟の外まで出たところで助けてもらったんだ。彼女がいなければ、今の僕は存在しなかっただろうね」


 セネトが大袈裟に説明した。〝魔の森〟の外から出たことにしたらしい。確かに、その方が自然だ。

 それにしても、存在しなかった、は言い過ぎではないだろうか。まあ、実際にあの場で死んでいたら、ここにはいなかったのであながち間違いではないけども。


「それに、彼女は凄腕の魔導師でね。攻撃も回復も探索も全部ひとりでできてしまうんだ。それで、僕の方から頼み込んでパーティーを組んでもらうことになったんだよ」


 セネトはリナーシャにちらりと目配せすると、柔らかな声で答えた。

 その言葉に、フェルメルは微かに眉を顰める。


「……攻撃も回復も探索も全部ひとりで? このあたりでそんな凄い魔導師がいるなんて、聞いたことがなかったけど」


 フェルメルの視線が、リナーシャの装備や表情をじっくり観察するように動いた。

 ︎︎それは疑念というよりも、職業柄か何かを無意識に確認しているようでもあった。


「えっと……旅の魔導師です。植物の研究が趣味なので、色々と各地を巡っています」


 リナーシャはどこか不審に思われているのを感じ、慌てて答えた。

 セネトとは打ち合わせていないが、彼の言い訳とは矛盾しないはずだ。そんな変わり者が実際にいるのかはわからないが、こう言っておいた方が自然だろう。


「……なるほど。セネトを助けてくれて、ありがとう」


 ︎︎フェルメルはその説明に小さく頷くと、礼儀正しい笑みを浮かべた。

 その言葉とは裏腹に、フェルメルの声の奥にはまだどこか説明の足りなさを気にしているような気配があった。


「それにしても……あんな人通りの少ないところで、よく魔導師さんに出会えたわね。本当に奇跡みたいだわ」

「きっと、セネトの普段の行いが良かったんでしょうね」


 リナーシャは小さく笑みを浮かべて軽く頷いた。

 フェルメルがひとまず納得したように見えて、少しだけ肩の力が抜ける。もっとも、その表情にはまだ僅かな警戒心が残っているようではあるが。


「さあ、ここで立ち話もなんだし、続きはギルドで話そうか」


 セネトが会話の雰囲気を変えるように言葉を発する。

 リナーシャもそれに合わせて頷き、フェルメルと一緒にギルドへと向かった。


(きっと……フェルメルさんにとって、セネトは大切な人、なんでしょうね)


 リナーシャはセネトとフェルメルが並んで歩く二歩ほどの後ろを歩きながら彼女の横顔を見て、そう確信する。

 二人の距離は少し近く、フェルメルの口元には安心したような笑みが浮かんでいた。その横顔は、親しい相手にしか見せない信頼の色を帯びているようにも見える。

 それを見ていると、やっぱりリナーシャは胸の奥に鋭い棘が刺さるような感覚を覚えるのだった。

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