第10話 繋がりの紡ぎ手
セネトと共に少女の元へ戻ると、花飾りを見つけたことを告げた。
リナーシャがそっと差し出した花飾りを見た瞬間、少女の瞳がぱっと輝きを取り戻す。その顔は先ほどまでの泣き腫らした面影を残しながらも、笑顔へと変わっていた。
少女の小さな手に花飾りを乗せてあげると、少女はその飾りを大事そうに両手で抱え込んで、顔を上げると力いっぱいの「ありがとう」をふたりに向けて贈ったのだった。
その声には安堵と喜びが満ちていて、リナーシャの胸にどこかくすぐったい感覚を齎す。
「本当に、ありがとう……!」
少女は何度も頭を下げながら、泣き笑いの顔をこちらに向ける。
その姿にリナーシャはわずかに目を伏せ、横にいるセネトに視線を向けた。彼はいつも通りの穏やかな笑みを浮かべて、少女の言葉に軽く頷いている。
「お姉ちゃん、また……会えるかな?」
別れ際、少女が訊いてきた。
少女の細い声に、リナーシャは少し驚いたように目を瞬かせる。
「それは……どうでしょう? でも、その花飾りがあれば、きっとどこかで繋がっていられますよ」
微笑みながらそう告げると、少女はぎゅっと花飾りを抱きしめた。その目はまだ泣き腫らしているが、力強い輝きが戻っている。
リナーシャは最後にもう一度少女の姿を見つめた。
「これからも、その花飾りを大事にしてくださいね」
少女は大きく頷きながら、小さな手で花飾りをぎゅっと握りしめる。
「ありがとう、お姉ちゃん……絶対大事にする!」
別れを告げた後、少女はその場に立ち尽くし、いつまでもふたりの背中を見送っていた。川辺を吹き抜ける風が、彼女の涙を乾かしていく。
案外あっさりとした別れ。その裏には、リナーシャ自身の思惑があった。
今日中にもう少し町に近付いておきたいというのもあったが、これ以上あそこにいると、少女に要らぬことまで話してしまいそうだった、というのが主な理由だ。
ちょうど街道まで出たところで、ニースダンの町へ向かう牛車に出会ったので、その荷台に乗せてもらい、ゆっくりと街道を進んだ。
「どうして言わなかったんだい? お母さんのこと」
セネトが唐突に訊いてきた。
もしかすると、ずっと訊くタイミングを伺っていたのかもしれない。
「だって、それを話すと私の正体も話さなくちゃいけなくなるじゃないですか。話したところであの子を怖がらせてしまうだけかなって思ってしまって」
二十年程前にその花飾りを渡したと話しても、リナーシャの外見年齢とは到底一致しない。
〝花の魔女〟になってからもうどれほどの年月が経ったのかもわかっていないが、それからリナーシャはずっと十代後半くらいの外見なのだ。とてもではないが、信じられないだろう。
「……それは、確かに」
それを説明すると、セネトは納得しつつも何かが引っ掛かったようで、一瞬だけ言葉を詰まらせた。
「女性に歳は尋ねるものじゃないですよ?」
セネトが気になっていそうなことを先読みして、リナーシャは先制してみた。
図星だったのか、少し彼の表情が歪んだ。
「そう思ってるから、訊かなかったんじゃないか」
「お気遣いありがとうございます。気にはならないんですか?」
「そりゃあ、気にはなるけどね。訊いたら教えてくれるのかい?」
「教えるわけないじゃないですか」
自分の年齢なんて、数えていたら気が遠くなる。
傍から見ればセネトとリナーシャの年齢は殆ど同じくらいに見えるだろうが、生きている時間だけで考えれば、きっと彼の曾祖父母よりも年上になってしまう。それを自覚してしまうと、ちょっと色々ショックだ。
「まあ、冗談は置いといて……あの子のお母さんのことについては、別に話す必要もないんじゃないかと思ったんですよね」
「どうしてさ?」
「あの子も、それからあの子のお母さんも、あの花飾りを大切にしてくれていましたから。もしあの子が大人になって、また子供ができて……その子にもまた大切にしてもらえたら、私はそれで十分かなって。そう思ったんです」
「なるほどね。それは、確かにそうかもしれない」
人との繋がりを持ちたいとは思っている。それがきっと、セネトと同行している理由のひとつでもある、と今にしては思う。
だが、リナーシャは〝花の魔女〟だ。深く繋がる人間は選ばないと、その人にとっても不幸になる。誰彼問わずに正体を明かすわけにもいかないのだ。
「ところで、リナーシャ。君はよくそんな風に人助けをしていたのかい?」
セネトが少し話題を変えた。
「そんな風、というのは?」
「迷子を助けたり、落とし物を拾ってあげたりさ」
リナーシャは顎に手を当て、少し考え込んだ。
正直、あまり記憶にはない。それはきっと、リナーシャ自身があまり人助けと思っていなかったからだろう。
〝魔の森〟の中はともかく、その近辺はあまり魔物も出没しないので、あの少女の母親のように、うっかり子供が迷い込んでしまったことがよくあった。そういった時は外まで送り届けていたし、大人が相手ならば植物で誘導してあげていた。
「そうですね……そういう場面に出くわせば、そういうこともあったかもしれません。あまり人助けという自覚はなかったんですけど」
「〝魔の森〟の外に出たことは?」
「外ですか? もちろん、たまには出ていましたけど……それがどうかしましたか?」
セネトの質問の意図がよくわからない。
今回みたいに暫く帰るつもりがないという覚悟をして〝魔の森〟を出たことはなかった。どうしても森の中で手に入らなかったものが必要だった場合は王都まで出ることもあったし、最近めっきりなくなってしまったが〝四大魔女〟の会合がある際は出向かねばならなかったのだ。
ただ、それが今回の出来事や人助けにどう関わってくるのかがわからない。
「……いや、なんでもないよ」
セネトは一瞬だけ寂しそうに目を細めると、視線を遠く山の向こうへと向けた。
結局、ニースダンに着くまでの間に、彼がそのことについてそれ以上話すことはなかった。
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