第8話 草花が語る記憶
リナーシャとセネトは、少女の落とし物を探しに川辺へ向かっていた。
辺りは静寂に包まれ、柔らかな草の香りが漂っている。木々の間から差し込む陽光が川面でキラキラと輝き、鳥のさえずりが微かに聞こえる。風がそよぎ、葉が優しく揺れる音がふたりの耳に届いていた。
そんな中、リナーシャが足を止めてきょろきょろ見回した。
「たぶん、このあたりだと思います」
「なるほど、このあたりだね。じゃあ早速探そう……って、さすがにここから見つけるのは難しいよ」
セネトが苦笑混じりに言って、周囲を見渡した。
川辺の草むらはどこまでも続き、小さな花が点在している。この中から花飾りを見つけるのは至難の業だ。リナーシャだって、砂漠で一粒の砂鉄を見つけろと言われていれば、きっとうんざりとしていただろう。しかし──
「大丈夫ですよ。だって……ここには目撃者がたくさんいますから」
「目撃者? どこに」
困惑するセネトを他所に、リナーシャは手をそっと翳した。
リナーシャの手から放たれる魔力に呼応して、周囲の草木がわずかに揺れ始める。その動きは風に吹かれたものではなく、何か意志を持つかのような、規則的な揺れだった。葉がこすれる音と草のざわめきが次第に調和していく。
リナーシャはその場で静かに立ち止まり、植物達に語りかけるようにそっと目を閉じた。
瞳の裏に、植物達が映し出した記憶が流れ込んでくる。小さな少女が川辺で楽しげに遊ぶ姿。周囲には咲き誇る花々、彼女の手元で風に揺れる花飾りが見えた。そして、花飾りがふわりと宙に舞い上がり、草むらの中に落ちていく。
リナーシャはゆっくりと目を開け、深い息を吐いた。
「見つけました。あっちです」
リナーシャが指差した先には、川辺の少し奥に茂る草むらがあった。
「どうしてわかるんだい?」
「見ていた人達に、教えてもらっただけですよ」
「……?」
相変わらず事情がよくわかっておらず不思議そうにしているセネトがおかしくて、リナーシャは口元を隠して微かに肩を震わせた。
「そのあたりを探してみてください。あると思いますから」
「ああ……わかったよ」
セネトはリナーシャの言葉に頷きながらも、その方向へと歩みを進めた。足元に注意を払いながら進む中、何かを見つけたのか、地面に手を伸ばした。
そして、手に何かを持って、こちらに戻ってくる。
「驚いた……本当にあったよ。これのことじゃないかな?」
「ですね。間違いありません」
リナーシャはセネトから花飾りを受け取ると、愛おしげに花飾りを撫でた。
間違いない。昔、リナーシャが作って少女に与えた花飾りだ。
少し汚れてしまっているが、大切にされているのがよくわかるくらい、綺麗に保たれていた。
「どうしてわかったんだい?」
「言ったじゃないですか。目撃者がたくさんいるって」
リナーシャは周囲を見渡しながら、セネトの疑問に答えた。
「目撃者って……ここにある草木全部!?」
「はい。だって、私は〝花の魔女〟ですから。お花や草木は皆、私のお友達です」
少し得意げになって、胸を張った。
リナーシャが誰もいない〝魔の森〟で長年暮らしていたのは、ただ独りが好きだからという理由だけではない。魔力を通せば、彼らが何を見て何を思っているのかが何となく伝わってくるので、わざわざ人と話す必要がなかったのだ。
「なるほど……そういうことか。恐れ入ったよ。君からすれば、道端の雑草も味方というわけか」
「そういうことです。ちなみに、今セネトの足元にある草は、踏まれて痛いと文句を言ってますよ?」
「えっ!? うわ、ごめん!」
慌てて飛び退くセネトを見て、リナーシャの目元が柔らかく緩み、楽しげに息を漏らした。
「冗談ですよ。私にも、人の話し言葉のように彼らの声が届いているわけではありませんから。何となく、うっすらと伝わってくるだけです。今回だって、彼らが見たものを私も見せてもらっただけですから」
「……全く、驚かせないでくれよ。これから森や草原を歩く時はずっと謝り続けないといけないのかと思ったよ」
セネトは首を竦めておどけてみせると、リナーシャも彼の仕草に表情を緩めた。
「さあ、早くあの子に届けてやろう。子供の泣き顔は、好きじゃない──」
セネトが言葉を言い終える前に、草むらの奥から不穏な音が聞こえた。
「……」
セネトが剣の柄に手を掛け、緊張した面持ちで辺りを見回す。草むらがざわざわと揺れ、次第にその音が近づいてくる。
そして──
ぬるりとした音と共に、小型のスライムが姿を現した。それだけではない。低い唸り声が響き渡り、草むらの奥から狼の群れが現れる。
スライムとキラーウルフだ。その数はニ十体弱。
一体一体は弱いが、こうして数が集まってくると厄介だ。
「やれやれ、魔物か」
セネトが剣を抜き放ったと同時に、リナーシャも手を翳して魔力を込める。
ここは森の中。リナーシャにとって〝武器〟が数多と存在する。この程度の魔物ならば一掃できると思ったのだが──
「待ってくれ、リナーシャ」
セネトは自信ありげに微笑み、リナーシャを制した。
「この程度の魔物もひとりで倒せないようでは、勇者になれるわけないからね」
彼の瞳には揺るぎない決意が宿っていた。
なるほど。そういえば、彼が強いというのは何となくわかっていたが、実際にどれほどの強さなのかはまだ見たことがない。
勇者を目指す者の実力を見定めるには、ちょうど良い機会かもしれない。
「わかりました。では、お手並みを拝見させて頂きますね。勇者様」
リナーシャはくすっと笑って魔力で浮かび上がると、大樹の枝に腰掛けた。
それを合図として、狼とスライムが一斉にセネトに襲い掛かったのだった。
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