看病

 程なく猿たちがたくさんの果実を持ってきてくれたので、ミアはそれらを絞ってスプーンですくいアルトの口元に運んだ。今回は自力で飲むことができたが、僅かな量だけでじきに小さく首を振った。

「わかった。それと、すごい汗だから服を替えるよ」

 頷きはしたものの、アルトは自分で着替えられる状態ではない。ミアはピコにも手伝ってもらって何とかアルトの着替えを済ませた。裸の男がどうのこうのと考える余裕は今のミアには全く無かった。

 服を洗って干して、額のタオルを替えて、合間に回復魔法を流して、その繰り返しであっという間に昼になった。呼吸は少し楽そうになったものの、依然としてアルトの高熱は続いている。ピコは鹿の背中を借りてぐっすり寝ているし、ミアもまたふらふらで、いつの間にかボートの傍らでうとうとしてしまった。


「父さん、母さん!」

 突然の叫び声にミアが飛び起きると、アルトがひどくうなされていた。

「まって……かな、いで……」

 アルトの両目から涙が溢れ出る。

「アルト、大丈夫?」

 ミアが軽く肩を揺らすと、アルトがはっと目を開け、体を起こそうとして顔をしかめた。ミアと目が合うとやっと自分の置かれている状況を思い出したのか大きく息を吐いて目をつぶった。ミアは冷たいタオルでアルトの顔を拭ってやった。

「ひどくうなされてたね」

「……夢を、見てた」

 ミアはふと牧場でのアルトの言葉を思い出した。

「生き別れた両親を捜しています」

(まさか、本当に?)

 ミアは夢の内容を聞いてはいけない気がした。アルトもまたそれ以上は何も言わず、間もなくまた眠りについた。ミアにはアルトの寝顔がとても悲しそうに見えた。


「よお、具合はどうだ」

 ミアがもの思いにふけっていると、不意にトーマが現れた。

「先生! 来てくれたんですね」

「まあな。にしてもすごい数の動物だな。食料か?」

 トーマに気づいたピコが、急いで飛んできてミアの肩にとまり頬をぷうと膨らませて抗議する。

「違いますっ! みんな助けてくれた仲間ですよっ。食べちゃだめです」

「ははっ、そりゃ悪かった。ほお、ボートをベッド代わりに使ったのか。考えたな、ミア」

 トーマはアルトの脈を確かめてからミアのそばに座った。それから目の前の黄色い果実を珍しそうに手に取り、手で半分に割って口に直接果汁を絞り入れた。酸っぱかったのか口元がきゅっとすぼんだ。

「先生、ひとつ聞いてもいいですか」

「ん? なんだ」

「私たち、ピコの助けがなかったらここまで来られませんでした。これって減点になるんですか?」

「いや、反対だ」

「反対?」

「現地で頼りになる仲間を見つけられたってことで大幅な加点だ。ま、無事にゴールできたらの話だけどな」

「そのことなんですけど、アルトが上級公務員になりたいのってご両親に関係があるんですか」

「上級公務員? アルトがそう言ったのか」

「はい。高等部の進学コースに行くためには絶対にいい成績取らないといけないって言ってました。さっきひどくうなされて、ご両親を呼んでたので何か関係あるのかなって」

「ふうん、なるほどね」

 トーマはしばらくリスがくれた木の実を弄んでいたが、やがて静かに口を開いた。

「ミアは異世界に行く探索チームを知ってるか?」

「あ、はい。たまにニュースで見ます」

「あのチームのリーダーを務められるのは上級公務員だけなんだ。アルトの父親は上級公務員で母親は医者、ふたりは十年程前にとある異世界の探索チームにリーダーと医療班班長という形で参加した。その異世界に行けるチャンスは二十年に一度しか巡ってこないんだが、リーダー含む数人がゲートの開放期限までに戻ってこれなかったんだ」

「まさかアルトの両親はふたりとも……」

「まあ、そういうことだ。アルトは自分の力で捜すつもりなんだろう」

「アルト……」

 アルトが抱えるあまりにも大きな悲しみがミアの心を締め付けた。

「俺はもう行くけど、薬や食料はいいのか?」

「はい、大丈夫です」

「さっきの果実だけどな、病人にはちょっと刺激が強いだろうから、泉でよく冷やしてから水で薄めて飲ませてやれ。水分を摂らないといつまでも治らんからな」

「はい、ありがとうございます」

「とにかく、何かあったらすぐに地図を破るんだぞ」

 その言葉と同時にトーマの姿は消えた。

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