島の岸辺

 ボートに掴まって水面に顔を出したミアは、アルトがゴホゴホと苦しそうに咳き込むのを見た。ピコがアルトの頭上でオロオロしている。

「大丈夫?」

 アルトは返事ができないようだ。その間にも大波が次々と押し寄せて、その度にボートが大きく揺さぶられた。ミアはタイミングを図ってアルトのすぐそばまで移動した。

「アルト、ボートに掴まってたら却って危ない。手を離して」

「ゲホッ、ムリだ、俺、泳ぐのは」

「とにかく離して!」

 ミアがアルトの手をボートから引き離した次の瞬間、ボートが大きく跳ね上がって水面に叩きつけられた。ミアはすんでのところでそれをかわし、アルトの首に腕を回した。アルトは恐怖からか手足をバタつかせた。

「アルト、仰向けのまま力抜いて。怖くないから、ちゃんと支えるから」

 アルトは暫くむせながら暴れたが、次第に体の力が抜け上半身が水に浮かんだ。

「上手よ、アルト。そのまま魔法使える? 浮き輪でも浮袋でも、僅かでいいから空気が入ったものこしらえて。今着てるジャケットの首周りをふくらませるだけでもいいから」

 アルトはかすかに頷くとジャケットを少し膨らませた。すると、更に体が浮かび、ミアが支える負担もかなり減った。

「さすがアルト、このまま島に行くから体の力を抜いててね。ピコ、ついてきて」

 ミアは力強く水を掻いた。


 島の周りは広い範囲で遠浅になっていて、ミアは思った程泳がずに済んだ。それでもかなり疲れたのは事実で、岸辺にたどり着くと水を吸って重くなった衣類のままその場に倒れ込んだ。日差しを吸って熱くなった石が心地良かった。

「悪かった」

 すぐそばに膝をついてアルトが言った。ミアはゴロリと仰向けになった。青い空に白い雲。この世界に来た最初の日と同じ空の色だ。

「今日は暖かくて良かったね。とりあえず火を起こしてもらえる?」

 アルトは無言で立ち上がると、そのあたりの流木や枯れ枝を集めてまたたく間に火を起こした。ミアにはとても真似出来ない器用さだ。そもそもミアには火起こしの魔法は使えない。ミアは火のそばに行くと上着とシャツを脱いでタンクトップ姿になった。それからズボンに手をかけるとアルトが悲鳴を上げた。

「いくらなんでもそれ以上はっ」

 ミアはケケケと笑って構わずズボンを脱ぎ短パン姿になった。呆気にとられたアルトには構わず、衣類をきつく絞って石の上に広げ始めた。

「何赤くなってんの。アルトも早く脱がないと風邪ひくよ」

「あ、赤くなってなんかないっ!」

 ますます真っ赤になりながら、アルトも慌てて服を脱ぎだした。


「さて、と」

 ミアはアルトの手伝いをしているピコに声をかけた。

「悪いけど手伝ってもらえない?」

「もちろんです。ピコも仲間ですから」

「ほんとピコは頼りになるよ」

 ミアはピコの頬をツンとつつくと、高いところからボートの位置を探ってくれるよう頼んだ。

「お安い御用ですっ」

 ピコは見る間に空高く舞い上がり、すぐさま下りてきた。

「あそこに引っかかってるのが見えますよ」

 ミアには見えないが、さほど遠くないところにボートがあるようだ。ミアはボートを取りに行くことをアルトに伝えた。アルトはひと言「頼む」と言った。

 

 島からは陸地に向かって細長い浅瀬が形成されているらしく、ところどころ砂利が水面から出ていてボートはそこに引っかかっているようだった。ミアはできるだけ浅瀬を通り、足がつかないところは泳いで渡った。水は冷たかったが、上着やズボンがない分さっきよりずっと泳ぎやすかった。

 ボートを回収すると、広く水面に現れた浅瀬まで移動してボートを固定した。次はリュックを回収しなければならない。生活用品も食料も地図すらもその中だ。

「ピコ、悪いけどリュックを探してほしいの」

 この辺りの水深はさほど深くない。うまくすれば水の上から確認できるかもしれないと思った。ピコは水面すれすれをあちこち飛び回ったが、疲れ果てた様子でミアのもとへ戻ってきた。

「ごめんなさい。ピコには見つけられません」

 ミアは半ば泣きそうなピコに頬ずりした。「ありがとう、ピコ。もう十分だよ」

 そうは言ったものの、このままというわけにはいかない。だからといってミアがこの辺り一帯を泳ぎ回るのも現実的ではない。

 その時、一匹の魚が目の前で跳ねた。

「あ、ねえピコ、ピコは魚と話せない?」

 ピコがかくっと首を傾げる。

「魚って、水の中を泳いでるあの子たちですか? さっきから何度も話しかけられたんですけど、それどころじゃなかったから」

「それそれ、それよ! あの子たちにリュックの在り処を訊いてほしいの」

 魚たちの協力でリュックはすぐに見つけることができた。ミアは潜ってふたつとも回収し、ボートに乗せて意気揚々と岸辺に戻った。

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