湖畔

 日が暮れかかる頃、この辺りに宿屋はなさそうだねとミアとピコが話していると突然目の前にトーマが現れた。それとほぼ同時にテントもどんっと現れたので、ミアたちは驚きのあまり悲鳴に近い声を上げた。トーマが満足げにニヤついている。

「すごーい! こんな大きなテントを一瞬で建てるなんて、先生は魔法使いですか!」

「お、おう……」

 アルトが横から口を出す。

「馬鹿にも程があるな。俺たちの先生が魔法使いじゃなくてどーすんだよ。そもそもお前だって一応魔法使いだろ」

「そっか、そうだよね。って、一応って何よ!」

「レベル的に一応だろ」

「なんですって!」

「まあまあまあまあ」

 トーマとピコがふたりの間に割って入る。

「ミア、このテントは学校から持ってきて宿がない連中に配ってるんだ。ワンタッチで設営できるから魔法みたいなもんだな。これ考えた奴は天才だよ。それからこれが寝袋だ」

 そう言うと、トーマはひと抱えもある寝袋をミアとアルトに投げてよこした。軽くてふわふわで寝心地が良さそうだ。ピコがポヨンポヨンとジャンプしてはしゃぎ出す。

「ってことは、先生はこの世界と学校を毎日行き来してるんですか?」

「そうだ。前にも言ったが、俺たちの世界とこの世界はほぼ隣り合っているから比較的いつでも繋がることができる。まあ、女神あっての話だがな」

「そういうことかあ。じゃ、私たちも戻ろうと思ったらすぐに戻れるんですね」

「ん? お前、そこも授業聞いてなかっただろ。緊急時の戻り方わかってるか?」

「え、それは、その、えっと」

 テントを固定していたアルトが手を止めて胸のポケットから地図を取り出しひらひらさせた。

「俺たちの場合はこの地図を破ればいいんだ」

「え? 地図を破る?」

「そう、それが継続不能の合図だ。可能な限りすぐにゲートが開いてお前たちは講堂に戻れる」

「え、まって、それってどちらか一方が破ったら? それとも同時にですか?」

「どちらか一方でも破ったらふたりとも戻ることになるな」

「でも、そしたら試験は?」

「事情にもよるが、最低ラインの合格もしくは不合格の留年だ」

「ええーっ!」

「ええーってお前、もう少し真面目に授業聞いてくれよ」

 ミアはペロッと舌を出した。反省する気はなさそうだ。

「今までにリタイヤしたペアはいるんですか?」

「今年はまだないが、ほぼ毎年いるぞ。病気やケガで強制終了の場合もあるしな」

「それってペアを組んだ人は災難ですよね」

 アルトはそう言うとチラリとミアを見た。

「道中、相手を気遣うことが大事ってことさ。それも評価の対象だって言われただろ? それよりピコのことだが」

「え、どうなりました?」

 ピコを含め三人が一斉にトーマに注目する。

「女神から当面こっちで面倒を見て欲しいと正式に依頼があった。はっきりしたことはわからんが、あっちで何かしらのトラブルがあったらしい。こんなことは前代未聞だから教会も大騒ぎさ。上からはピコは教会で預かるべきとの話があったんだが」

 ピコがブンブンと首を振る。

「先生は嫌いじゃなくなりましたけど、知らない人ばかりのところへひとりで行くのは嫌です。ミアとアルトと一緒にいます」

 そう言うと、ピコはミアの首にぎゅっとしがみついた。

「そう言うと思って上を説得してきたよ。女神もそれでいいそうだ」

「ホントですか? あたしたちピコと一緒にいられるんですね」

「うわーい!」

 ピコが三人の上をぶんぶん回って七色の光のシャワーを撒き散らした。しかし、それも束の間急に神妙な面持ちになった。

「ただ、気になることがあります。ピコが吹き飛ばされたとき一緒にいた姉さまたちはどうなったんでしょう。先生、何か聞いていませんか」

 ミアには一瞬トーマの顔が曇ったように見えた。

「うーん……俺は何も聞いていないからわからんな」

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