時計回り
「そりゃ大変だったな」
昨日と同じ宿屋でトーマが楽しげに笑った。一方でアルトはずっと不機嫌なままだ。
「ミアの言うとおり、その魔法使いはうちの生徒だろうね。三十年前と言ったらお前たちの親の世代だな」
「え、うちの両親もここに来てるってことですか?」
「何世代も前からうちの生徒はずっとここだ。もちろん俺も来た。まだ三十年は経ってないがな」
「なんでここなんですか?」
「はあ?」
トーマだけでなくアルトまで呆れたという顔をミアに向けた。
「お前、並行世界の授業聞いてなかっただろ」
「あ、えーっと、それは……何でしたっけ?」
トーマは大袈裟に天を仰いだ。
「簡単に言うとだな、世界はブドウの房のようになっていて、俺たちの世界とこの世界はほぼ一年中隣り合っているから安全に行き来できるんだ。一方で、数年、数十年、数百年ごとにしか接しない世界もある。こういうところとの行き来は危険を伴い……」
「そのせいで、時には不明者も出てしまう!」
「そ、そうだ。思い出したか」
「はい、その辺で目が覚めました」
少しも悪びれないミアの様子にトーマは再び天を仰いだ。
「まあいい、ところでアルト、明日からはどうするつもりだ」
アルトはミアに冷ややかな視線を送ってからトーマの前に地図を広げた。
「本当はこのように反時計回りに一周するつもりでしたが、身勝手な同行者のせいで予定が狂ったので、思い切って計画を時計回りに変更します」
それからアルトは詳しいルートをトーマに説明した。ミアは最後まで聞くことなく夢の中へ落ちていった。
翌朝ミアたちは、昨日同様日の出とともに宿を出発した。今日もピコはミアのポケットだ。ピコの扱いについてはまだ結論が出ないらしい。
ミアはしっかり休んだお陰ですっかり元気を取り戻した。アルトは相変わらず難しい顔をしたままミアの少し前を歩いている。今日はできるだけアルトに逆らわないようにしようとミアは心に決めていた。
初日に牧場で聞いた橋を渡ったところから、ミアは地図を広げ自分の足跡を指先で追い始めた。あのT字路に着けば足跡で囲まれた地図が自然と浮かび上がるはずだ。あと三センチあとニセンチと、ミアはワクワクしながらその時を待った。そしてついにその瞬間が訪れた。
最初は薄く、徐々に濃く、色鉛筆で塗ったおとぎ話の挿絵のような素朴な地図が浮かび上がった。しかも、町の大半と森までの細い範囲が山を指差す手のような形をしていて面白い。ピコもまた嬉しそうだ。
「アルト、見て! 地図が浮かんだ! 手みたいな形で面白いよ」
地図を振りながらぴょんぴょん跳ねるミアを完全に無視して、アルトはT字路を直進した。一向に止まる気配がないので、ミアは仕方なく走ってアルトを追いかけた。
「ねえ、アルトってば、地図が浮かんで嬉しくないの?」
「嬉しいだと? まだほんの一部じゃないか。雲行きが怪しいから雨になるかもしれないんだ、無駄口きいてないで早く歩け」
毎度のことながらアルトは正論をぶつけてくる。ミアは口をとがらせつつも従うしかなかった。
一行は前日にピコと出会った場所の近くで右に折れ進路を南に取って黙々と進んだ。牧場の辺りまではなだらかな草原が広がって快適だったが、徐々に岩場が多くなり進みが遅くなってきた。
ミアは立ち止まり空を見上げた。雲はますます厚くなり、空耳でなければ遠雷が聞こえる。
「アルト、雨の匂いがするよ」
「わかってる、だからここを早く抜けたいんだ」
アルトはそう言うが、足場はますます悪くなり勾配もきつくなってきている。そう簡単に通り抜けられるとはミアには思えなかった。
「雷も鳴ってるし、この辺で雨宿りできるところを探した方がいいんじゃない?」
「うるさいな! 誰のせいで予定が狂ったと思ってるんだ。黙って歩け」
ミアはもうそれ以上何も言わなかった。
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