森の中
「待てよ、おい、待てって」
アルトの問いかけを無視してミアはずんずん進んだ。未だ怒りが収まらない。アルトの顔を見た途端、蹴りを入れてしまいそうな勢いだ。
「おまえ、闇雲に進んでるけどじいさん見つける当てはあるのかよ」
アルトが立ち止まってその場で叫ぶ。
「そのまま進んで見つけられるのかって聞いてんだよ。俺には考えがあるが、お前にはあるのか? 俺の考えを聞きたかったらそこで止まれ」
ミアは唇を噛んだ。悔しいけれどアルトの言うとおり考えもなしに森に入ったところで老人を見つけられるとは限らない。ミアの歩みは徐々に遅くなり、やがて止まった。
ゆっくりと追いついたアルトに背を向けたままミアは言った。
「私は許してないからね」
「端から許してもらおうなんて思ってねーよ。俺は一刻も早くこの厄介事を終わらせたいだけだ」
それからアルトはピコを通じてライザから丁寧に情報を得た。それらを総合して、恐らくは老人がいるであろう場所を割り出した。
「アルト、ライザが『私に乗れば?』って言ってますよ」
「うーん、鞍もないし、そもそも俺は乗馬の経験がないんだ」
「あたし乗れる」
ミアが言った。明らかにアルトへの当てつけの言い方で。
「じゃ、じゃあ、お前ひとりで乗って行けよ。俺は後から歩いて行くから」
「それじゃ、アルトのだーい好きな効率が悪いでしょ。一緒に乗ってあげるから行きましょ。それとも馬に乗るのが怖いのかしら」
「こ、怖くなんか無いさ」
「じゃ、決まりね。ライザ、悪いけどあの岩の横に行ってちょうだい」
ミアは高さのある岩を利用して、へっぴり腰のアルトをライザに乗せ、それから自分も跨がった。
「しっかり捕まってなさいよ。ライザ、よろしくね。はいやっ」
ライザはすぐさま風のように走り出した。アルトの悲鳴も乗せて。
森の入り口から程なく、アルトの予想通りの場所で老人は見つかった。ミアは道端に倒れた老人に駆け寄るとその状態を調べた。投げ出されたときに腰を打ったらしく立つことはできなかったが、それ以外は擦り傷程度で大きなケガはなかった。ミアは早速回復魔法を施し、アルトはアルトで壊れた車輪の修理を始めた。あれ程文句を言っていたアルトだったが、今は黙々と作業に取り組んでいる。ピコは念のためミアのポケットでハンカチに見える風着ぐるみを着ておとなしくしていた。
普段のミアならこの程度の打ち身は数分で治すことができただろうが、この世界では十分な力を発揮できず、それどころかミアの方が参ってしまいそうだった。それでも何とか体を起こすことができるまでには回復させることができた。
そこへ荷車の応急処置を終えたアルトがやってきて小声で言った。
「動けるようになったらさっさと馬車に乗せて家に返そう。俺たちには俺たちのやることがある」
「でも……」
老人はライザの助けを借りてひとりで立ち上がろうとするができないでいた。
「やっぱりほっとけない。家まで送ってあげようよ」
「どこまでお人好しなんだよっ」
アルトの声が聞こえたのか、老人が言った。
「わしなら大丈夫。荷車にさえ乗せてくれたらひとりで帰れるよ」
しかし、老人がひとりで帰れるとはミアにはどうしても思えなかった。
「やっぱり心配だから一緒に行きます」
「おいっ」
「嫌なら付いて来ないでって言ってるでしょ!」
アルトは数秒間ミアを睨んでいたが、深いため息とともに歩き出し、荷車とライザを繋いだ。それから老人に肩を貸して荷台に乗せ、ミアにもそこに乗るように言うと、ふたり分の鞄を放り込んで御者台に座った。
「じいさん、薪は諦めてくれよ」
荷車は町に向かって進み始めた。
「こんな爺さんのために、すまんなあ、ありがとうなあ」
老人は幾度となく礼を繰り返した。それからまだ痛むのか、脇をさすりながら話し出した。
「今はこんな爺さんだが、若い頃は国中を回って商売をしておった。ある時、雨の中でぬかるみに車輪を取られて馬車が立ち往生したことがあったんじゃ。その時も今日のように魔法使いが現れてわしを助けてくれた。まさか人生で二度も魔法使いに助けられるとはな」
老人は嬉しそうに微笑んだ。ミアは老人の横に座り直して、再び回復魔法を流し始めた。今夜は美味しいものをたくさん食べてたっぷり寝る必要がありそうだ。
「お嬢さんの魔法は気持ちがいいが、あまり無理をしないでおくれよ。お嬢さんが倒れちまったら申し訳がない」
「大丈夫、それよりその魔法使いの話をしてよ」
「そうか、聞きたいか。この話をするのは久しぶりだなあ。皆もう聞き飽きたと言って誰も聞いてくれないんじゃ」
老人は嬉々として三十年ほど前の思い出を語った。ミアは話を聞きながら、その魔法使いは自分の学校の先輩なのかもしれないと考えていた。
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