町外れ
一夜明けて、日の出とともにミアたちは宿を出た。まだ人影はまばらで、ミアとピコは人目を気にすることなく興味深く町を観察した。出発前にピコ用の「ポケットからはみ出してるハンカチ風着ぐるみ」を作っておいたので、今日はピコも外の風景を存分に楽しむことができた。
昨日の続きから地図の端を辿って歩くと、
一時間程で地図の右上の角に辿り着き、そこから左に進路を変えて更に歩き続けた。あれほどはしゃいでいたピコだったが、さすがに飽きたのかポケットで着ぐるみを枕に寝始めた。ミアもまた、この単純で退屈な行進に飽き飽きしてきた。アルトは相変わらず無表情で黙々と先を歩く。
「ねえ、そろそろ休憩しない?」
ミアが声をかけると、アルトは足を止めて振り向いた。
「なんだもう疲れたのか。だから女は」
「何よ! だから女は何なのよっ」
アルトはめんどくさそうに顔を歪めるとくるりと向きを変えてまた歩き出した。
休憩が許されたのは昼近くなって町外れの小川に着いた頃だった。こんなに長い距離を歩いたことがないミアの脚は既に悲鳴を上げていた。ミアは手近な石に荷物を下ろすと、上着を脱いで川の水で顔を洗った。それから回復魔法を自分の脚に施して、やっと人心地がついた。
昼食のパンをかじりながら地図を広げる。感覚的にはかなりの距離を歩いた気でいたが、実際はまだ横辺の半分ほどでしかなく、ミアは軽い絶望を覚えた。
それまで楽しげに川べりの花を飛び回っていたピコが慌てて戻ってきた。
「あっちにすごーく大きな動物がいますよ。あれは何ですか?」
ピコの視線の先では体格のいい馬が水を飲んでいた。荷車を引く使役馬ようだ。羽ばたく叡智と呼ばれる妖精のはずが、ピコはこの世界のことは殆ど何も知らなかった。空を飛べる以外には魔法を使うこともできない。これにはあれ程ピコの存在に興奮したアルトも失望を隠さなかった。
「あれは馬だよ。人や荷物を運ぶ動物なの。こんなところでどうしたんだろ」
「馬と言うんですか。あれは凶暴ですか? 私を食べたりしませんか?」
「馬は賢い動物だからむやみに他の生き物を傷つけたりはしないよ」
「じゃあ、ちょっとお話してきますね」
「うん、気をつけて……って、えっ、馬と話せるの?」
ピコは嬉々として飛んでいき、すぐに馬と仲良くなったように見えた。考えてみればピコは最初から不自由なくミアたちと話していた。人間と話すことと馬と話すことはピコにとっては大差ないことなのだろう。
間もなくピコは馬を伴ってミアのもとへ戻ってきた。その様子を見ていたアルトも急いでやって来た。
「ライザって名前だそうです」
ピコが紹介すると馬がペコリと頭を下げ、ミアとアルトは顔を見合わせた。
「どういうことだ。ピコは馬とも話せるのか」
「らしいよ」
目を丸くしているアルトは放置して、ミアはピコに通訳を頼み、何故ライザがここにいるか尋ねることにした。それによると、森の中で引いていた荷車が壊れ、驚いたライザは主を置いてここまで走ってきてしまった。主は老人で困っているだろうからすぐに戻りたいが、どこから来たのかわからないとのことだった。
「森って、あれだよね」
果てしなく広がる草原の先に黒々とした木々が見え、その先はなだらかな山に繋がっている。老人はこの山で薪を作ってそれを町に運び生計を立てているとピコを通じて馬が教えてくれた。
「オッケー、すぐにおじいさんのところへ行こう」
荷物をまとめ始めたミアの腕をアルトが乱暴に掴んだ。
「痛っ、何すんのよ!」
その手を振りほどいて睨みつけるミアにアルトは冷たく言った。
「俺たちにはそんなことしてる時間は無い。馬なんかほっとけ」
ミアの顔が怒りでみるみる赤くなる。
「何言ってんの、困ってる人がいたら助けるのは当たり前でしょ。荷車が壊れたってことは、おじいさんケガしてるかもしれないんだよ。あんた見殺しにする気?」
「そんな大袈裟な」
アルトは全く取り合わない。ミアはそんなアルトに詰め寄った。
「大袈裟じゃないよ。ここは医療が発達してるようには見えない。こういう世界には薬局とか病院とかあるはずなのに、それらしいものはひとつもなかった。魔力のレベルが低いってことは魔法で治すわけでもないから、わずかなケガでも命に関わるってことだよ」
ミアのあまりの迫力にアルトは何も言い返せない。
「あんたが行かなくったってあたしは行く! この際地図なんてどうでもいいわっ」
ミアは吐き捨てるように言うと、荷物を掴んで森に向かって歩き始めた。オロオロと状況を見ていたピコも馬と一緒にミアを追いかけた。
「くそっ」
アルトもまた荷物をまとめて彼らを追いかける他なかった。
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