宿屋

「キャー」

 ピコの悲鳴に驚いてふたりが振り向くと、ミアは男の手に鷲掴みにされていた。

「フェアリー・ウィズダム? 何でこんなところに」

 男は舐め回すようにピコを見ている。ピコは真っ青になって必死にもがいていた。

「先生っ! ピコを離してあげて」

 そこにいたのは四年生を担当する教師のトーマだった。トーマが手を緩めると、ピコは物凄いスピードでミアの胸ポケットに頭から突っ込んだ。虹色の光が派手に舞い上がる。

「おお、本物か。とりあえず移動だ。今夜の宿がすぐそこだから、そこで話を聞こう」


 部屋に入るなりトーマがピコについて尋ねたので、ふたりは一緒に行動するようになった経緯を詳細に報告した。トーマは時に深刻な顔をしながらふたりの会話を聞いた。その後、トーマはピコに非礼を詫びたが、ピコがポケットから出てくることはなかった。

「お前ら、フェアリー・ウィズダムの稀少性はわかってるのか?」

「僕は理解しているつもりです」

「私はアルトに聞くまで知りませんでした」

「そうか。さっき俺が近づいてもお前ら気づきもしなかったよな。あれが他の誰かだったとしたら、今頃ピコはここにいないぞ」

 ポケットから小さな悲鳴が聞こえて、アルトもミアも首をうなだれた。

「まあいい。お前らさっき教会にいたが、この世界の女神は俺たちの女神とは違うから繋がることはできないぞ」

「やっぱり……先生は、ピコがこの世界に飛ばされた原因がわかりますか?」

 アルトが尋ねた。

「いや、全く見当がつかんな。後で確認はするが、今のところそういう報告はないし、そもそもそんな話これまで聞いたこともない」

「ピコはどうやったら女神様のところへ帰れるんですか?」

 ミアの問いにトーマはますます険しい顔になった。

「それもわからん。今のところはわからんとしか言いようがない」

 三人の間に沈黙が流れた。

「とりあえず、ピコは俺が預かって学校に連れて行こう」

 途端にピコがポケットから飛び出してミアの首筋にしがみつき、口を一文字にしてトーマを睨んだ。その顔には決してお前にはついて行かないと書いてある。

「嫌われちまったみたいだな」

 トーマが頭をポリポリと掻いた。

「先生、そちらで何かしら情報を掴むまで、ピコを僕らに同行させてはいけませんか? 決してさっきのような油断はしませんし、ピコを危険な目に遭わせないと約束します」

 ミアもピコも激しく首を上下に振ってそれに同意した。

「んー、まあ、いいだろう。ただし、上からの指示が出たらそれに従ってもらうぞ」

「わかりました、従います」

 ミアとピコは見つめ合って微笑んだ。

「よし、じゃあ改めて今日の報告を聞くか」


 そこからはアルトが報告と今後の計画を述べた。地図の中心からここまで半日足らずで着いたので全て平地と仮定すると実質三日で回れるはずだが、森や湖があるとわかっているのでそこに時間を割いて可能な限り地図の縁を移動し全体を囲む作戦だと伝えると、トーマは感心したように頷いた。

「さすがアルトだな。しかしそのやり方はリスクも大きいだろ。ヘタすると殆ど白紙のまま終わる可能性があるぞ」

「中心部はほぼ草原とわかっているので、これ以上縁を進むのは難しいとなったら早目に中心に戻りますよ。そうすればそれまでの移動は無駄になりませんから」

「そうか。ミアは何も言わんがそれでいいのか」

「はい、アルトは人間的にはイマイチですが試験のパートナーとしては最適です」

 アルトがミアをギロリと睨んだ。トーマが苦笑する。

「アルトにも訊かないと不公平だな。ミアはどうだ?」

「はい、思ったよりマシでした。色々と助けてもらってます」

 今度はミアがアルトを睨みつけた。トーマはニヤニヤしながら言った。

「お前ら、いいコンビだな」

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