町の中
対岸の土手に上ると町の様子がよくわかった。高い建物は少なく、遠くに城らしき物が見える。この近くは人家はまばらだが、城の方はかなり密集しているようだ。ピコはポケットから出てミアの肩に乗った。初めて見る景色にミアはもちろんピコも興奮していた。
「あれがお城ですか? 近くで見てみたいです」
「あたしもっ!」
「いや、行かないよ。あそこは多分地図の範囲外だから行く意味がない」
「えー、つまんない」
ミアは手持ちの地図と町を見比べた。確かにふたりの足跡はあと少しで地図の端に届きそうだ。
「地図はないのに町は続くんだね」
「俺たちの分担がこの場所だってことさ。他の場所は他のペアが動いてる。会わないだけで、今この世界には同級生がみんな集まってるんだ」
「ふたりはここでなにしてるんですか?」
ピコが不思議そうに訊いたので、ミアは地図を見せながらこの旅の目的を説明してやった。
「それにしても、アルトは何でもよく知ってるよね。一応、卒業旅行の中身ってあんまり話しちゃいけない決まりじゃない? パパやママに攻略法とか訊いてみたけど教えてくれなかったよ。アルトは誰に訊いたの? パパやママが教えてくれたの?」
「全部マニュアルに書いてあるさ。ピコは目立つからポケットに隠れてろよ」
アルトは素っ気なく言うと土手を下り始めた。そんなこと書いてあったかなあとミアは思ったが、とりあえずアルトを追って土手を駆け下りた。
町に入ると地図に緑色の点が現れた。ここが今日の宿だという印だ。中等部の生徒は夜間の探索が禁じられている。たとえ移動したとしても地図には反映されない仕組みだ。
「日没までまだ時間があるから地図の縁を歩こう」
アルトの提案に従って三人は時々地図を確認しながら通りを歩いた。同じ顔、同じ言葉を話すとはいえ町並みや服装はミアたちの世界とは違っているし、ましてやピコは初めての人間界なのですべてが珍しくて、ふたりの女子はどちらも興奮を抑えられないでいた。
「ねえ、見てピコ。あのお店可愛くない?」
「ミア、何だかいい匂いがします。人族の食べ物って美味しいんですか?」
「うわ、あの乗り物かっこいい!」
「あ、あの生き物は何ですか! もふもふしてて触ってみたいですぅ」
「おい、あれが教会だそうだ。ふたりともはしゃいでる場合じゃないだろ」
アルトの言葉にピコの顔がひきつった。
「ごめんなさい」
「俺に謝る必要はない。ここで情報が手に入るといいんだが、何か違うな」
アルトは建物に近づくと開いた扉から中を覗き込んだ。ミアもそれに続く。
「ほんとだ、中も全然違う。それにここの女神様は赤ちゃんを抱いてるし、顔まで違うね」
アルトは少しの間黙って考えていたが、何やら納得した顔で言った。
「考えてみたら俺たちの世界と信仰が同じとは限らないよな。いや、むしろ同じ方がおかしいんだ」
「え、どういうこと? この世界に女神様はいないってこと?」
「それはわからない。偶像が違うだけで女神の本質は同じかもしれないし」
「え、何? もっとわかりやすく言ってよ!」
ピコはいても立ってもいられずミアの肩に乗って一緒に中の様子を窺った。そのピコにそっと伸びる手があることにまだ誰も気づいていなかった。
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