川のほとり

「ところで、ピコはどうしてこんなところにいたの?」

 足元で転げまわっているアルトは見ないことにしてミアが尋ねると、ピコの可愛らしい顔がみるみる歪んだ。

「ピコにもよくわからないんです。姉さまたちと花畑にいたとき、突然凄い力で吹き飛ばされて気づいたらここにいました。姉さまたちは大丈夫でしょうか」

 ミアが指先でそっと背中をさすると、ピコがミアの手にすがりついた。よほど怖かったのだろう、小さな体が震えているのがわかる。ミアはピコの体を優しく包み込むとそっと頬ずりした。

「大丈夫、なんたって羽ばたく叡智だもん、きっとうまく切り抜けたよ。それよりピコは女神様のところに帰らなきゃでしょ? 帰り方わかるの?」

「わかりません……どうしよう」

 ピコはミアの掌にぺたんと座り込んで顔を覆った。ミアは自分のおでこに回復魔法をかけているアルトに目で助けを求めたが、さすがのアルトも首を横に振るだけだった。


「ねえ、ピコ、私たちと一緒に来ない? 今夜先生と話をするときに帰り方を聞いてみるよ。もし先生が知らなくても町の教会に行けば何かわかるかもしれないし」

 ピコが顔を上げてミアを見つめた。ミアは微笑みを浮かべてこくりと頷く。ピコはアルトの顔も見た。アルトはおでこを押さえたまま真顔でこくりと頷く。

「ね、私たちはもう仲間だよ」

「ありがとうございます。嬉しいです」

 ピコは愛らしい笑顔を浮かべた。


 ピコがミアの胸ポケットを自分の居場所と定めると再び旅が始まった。雑木林を抜けるとその先がすぐ土手で、ミアは水辺まで下りてみたがやはり歩いて渡れるような川には見えなかった。

「やっぱり橋まで戻った方がいいんじゃないの?」

 ミアが振り向くとそこにアルトはおらず、いつの間にか土手に生えた太い木に登って対岸を見ていた。

「ミア、お前リュック背負ったままこの木に登れるか?」

 そんなのお手の物とばかりにミアはするすると登って大振りな枝に腰掛けた。

「お前は猿になれるな」

「褒めてくれてありがと」

 アルトは一瞬呆れた顔をしたが、すぐに真顔に戻ってピコに声をかけた。

「ピコ、悪いけどこの糸を持ってあそこの太い木を回ってきてくれないか」

「いいですよ」

 ピコがポケットからするりと抜けて飛び立った。光を撒き散らしながらひらひらと舞うその様子はおとぎ話の一場面のようにミアには思えた。

 ピコが戻るとアルトはその糸を結んで木と木を繋いだ大きな輪を作った。

「ミア、お前錬成魔法使えるか?」

「一時的なやつならいくつか使えるよ」

「この糸を太くすることは?」

「お安い御用」

 ミアが糸を握ると、すぐさま糸は細いロープくらいになった。ピコがそれを目を丸くして見つめている。

「やっぱり力があんまり出ないや」

「十分だよ。もうちょっと太くできるか?」

「ちょっと疲れたけど多分いける」

 ミアはさっきより時間をかけてロープを徐々に太くしていった。その間にアルトは体を固定するためのハーネスを錬成していた。

「もしかして、これってジップライン?」

「そう。これなら向こう岸に安全に渡れるだろう。ちょっと怖いかもしれないけど、このハーネスがあれば大丈夫だから……」

「ひゃっほうっ」

 アルトが言い終わらないうちに、ミアは木の幹を蹴って滑り出し、あっという間に対岸へ飛び降りた。そしてやたら元気にこちらに向かって手を振っている。

「やっぱ猿だな」

 アルトは無駄になったハーネスを消しながら呟いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る