ピコ

 どうやら気を失っているようなので、ミアはそれをハンカチに包んでそっと胸ポケットにしまうと静かに木を下りた。そこには先程よりもっと不機嫌な顔のアルトがいて吐き捨てるように言った。

「勝手な行動するなよ」

 お前が言うかと思いつつ、ミアはポケットからそおっと謎の生き物を取り出してアルトに見せた。みるみるアルトの目が見開かれ顔が紅潮していく。謎のガッツポーズまで披露してからアルトは小さく叫んだ。

「フェアリー・ウィズダム、羽ばたく叡智と呼ばれる妖精族だ! なんでこんなところにいるんだよっ。あり得ない、あり得ないって!」

「妖精ねえ」

 ミアは改めて手の中の生き物を見た。身長十五センチくらいのぽっちゃりとした少女で、金色の長い髪を持つ。人間と違うのは大きさと背中で畳まれた羽くらいだ。ミアはそれを両手で包むと回復魔法をかけ始めた。

「なんだ、回復魔法使えるのか」

「バカにしないで、それくらい当たり前でしょ。でも変ね、いつも程力が出ない」

「それはこの世界の魔法レベルが低いからさ。俺達が使える魔法はその世界に合わせたレベルになるよう調整されているんだ。そうじゃなきゃあちこちの世界で魔法使いが暴れ回ることになるからな」

 そう言うとアルトは両手を妖精の上にかざして、自らも回復魔法を施し始めた。青ざめていた妖精の頬が次第に赤みを帯びて、間もなく目を開いた。


「大丈夫?」

 ミアが声をかけると妖精はゆっくり起き上がり小さく頷いた。どうやらこちらの言葉は通じるようだ。ミアは続けて言った。

「私はミア、あなたは」

「……ピコ……あなたは人族ですか?」

「人族って言うんだ……そう、人族、人間だよ」

 ピコはその場で立ち上がると背中の羽を大きく広げて二三度羽ばたいてみせた。透明な薄い羽は虹色に輝いて、周囲に光を撒き散らした。

「綺麗ね、それに元気そう」

「ありがとうございます。あなたが助けてくれたんですね」

「この人もね」

 ミアが顔を上げると、鼻息荒く目をギラつかせ変態オヤジのようになったアルトがそこにいて、ミアは思い切り後ずさった。

「キモいんだけど」

「逆にお前はなぜそんなに冷静でいられるんだ。妖精族だぞ、フェアリー・ウィズダムだぞっ!」

「なにそれ? そんなに興奮するようなことなの?」

 ミアのみならずピコまでもが不思議そうな顔をしているので、アルトは天を仰いだ。

「おいおいおい、妖精族はな、女神の意思を聖職者に伝える重要な役割を担ってるんだ。その聖職者だって声を聞くだけで直接姿を見ることはないし、ましてや俺たちみたいな一般人がその姿を見るなんてあり得ないんだよ。俺だって本でしか見たことないし、この状況は奇跡なんだ!」

「へええ、そうなんだ。よく知ってるね」

 ミアは改めてアルトの博識ぶりに感心した。ピコもうんうんと頷いている。

「いや、常識だろ。てか、なんで羽ばたく叡智がそんなことも知らないんだよ」

 ピコがぷっくりと頬を膨らませた。

「じ、自分のことは自分ではよくわからないものですよ」

「お前……ほんとに妖精族なのか? 俺の知ってる妖精族はこんなふうに……」

 アルトが両手でグラマラスな体のカーブを描くと、途端にピコの顔が真っ赤になった。

「あたしだって姉さまたちみたいに大きくなったらボインボインになりますっ!」

 言い終わるか終わらないうちに、ピコの飛び蹴りがアルトの眉間に突き刺さった。

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