分かれ道

 情報収集が済むと、老婆たちがたっぷりの手土産と熱烈なハグで送り出してくれた。その場は爽やかな笑みで応えていたアルトだったが、老婆たちの姿が見えなくなった途端いつもの仏頂面に戻って歩みを早めた。

「それにしても、生き別れの両親を捜す旅だなんて、よくまあそんな嘘がスラスラ出てくるもんね」

 ミアの問いかけをアルトは完全に無視したが、ミアはもう驚かなかったし腹も立たなかった。アルトの有能ぶりはパートナーとしては好都合だし、そもそもたった一週間の付き合いだ、波風を立てるより折り合いをつけた方が得策だと割り切れたのだ。そうなるとこの冒険がまた楽しいものに思えてミアの足取りは軽くなった。


 草原がなだらかな下り坂になって町並みが見え始めた頃、それまで一本だった道がふたつに分かれた。老婆たちの話によれば、この先には川が流れていて左に行けば橋があるという。ミアは当然左に行くものとばかり思っていたが、アルトは何の迷いもなく右に曲がった。

「ちょっとアルト、何やってんのよ。そっちに行ったら町に行けないじゃない」

 アルトは振り向きもせず地図をひらひらさせた。

「地図?」

 地図が何だと言うのか。ミアは訝しく思いながらも地図を開いた。牧場からほぼ真っ直ぐに歩いてきた線がここまで繋がって、地図の右端を一割ほど残したところまで来たことがわかる。

「まさか、ぎりぎり端まで攻めるつもり?」

 地図は移動で囲った範囲が表示される仕組みだ。さっき歩き回った牧場は緑の丸い円として地図上に現れた。即ち、地図のぎりぎり端を移動すればするだけ広範囲の地図を表示できることになる。

 ミアは地図を広げたままアルトを追いかけた。二百メートルほどで追いついたときには残り一割の更に一割くらい線が伸びたように見えた。

「待って、アルト。あんたのやりたいことはわかったけど、こんな遠回りして川を渡れるあてはあるの?」

「さあね」

「何よその無責任な言い草。わかった、もうここからは別行動にしましょ。あたしはあっちの道から橋を渡ることにするから」

 アルトがぴたりと立ち止まり振り向いた。その顔には明らかに侮蔑の表情が浮かんでいる。

「お前は馬鹿か? この地図はふたり一緒に移動しないと記録されないって知ってるよな」

 ミアはあっと息を呑んだ。アルトはフンッと鼻を鳴らして、再び大股で歩き出した。ミアも仕方なくそれに従う。せっかく対等になったふたりの関係は、すっかり元に戻ってしまったようだった。


 アルトは地図を見ながら尚も進んでいたが、しばらくすると道を外れて雑木林に入っていった。そこが地図の端ぎりぎりなのだ。雑木林の向こうには川があり、その先には人家も見えるが橋はない。歩いて渡れそうな川には見えないが、アルトはいったいどうするつもりなのかミアには見当もつかなかった。

 ミアはアルトを見失わないように走り出した。雑木林に入ってすぐに、キィという小動物の悲鳴のようなものが上から聞こえた。立ち止まって見上げると、逆光でよく見えないものの枝が大きく揺れている。

「アルト、ちょっと待って」

 ミアは言い終わらないうちにリュックを下ろすと木に登り始めた。五メートル程登ったところで、ミアは枝の先に白っぽい物が引っ掛かっているのを見つけた。ミアは枝を折らないように慎重に近づいて、それを手に収めまじまじと観察した。

「何これ、可愛いんだけど」

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