牧場

 ふたりの諍いに一応の決着がつくと、アルトはミアに背を向け筆記具を取り出し地図を広げた。それはまるで俺の邪魔をするなとでも言いたげな素振りだったが、ミアは放っておくことにした。それより今は体を休めたい。

 ミアは少し離れた場所に手頃な岩を見つけて腰を下ろした。リュックから飲み物を取り出して喉を潤すとやっと人心地がついたので、ミアもアルトに倣って岩の上に立ち地図を広げた。

 地図には最初にこの世界に降り立った池のほとりからここまで、ふたりの足跡を示す緩やかな波線が現れている。移動距離は正方形の地図の対角線の十分の一程度だ。

「三十分でこの距離なら意外と簡単に回れるのかも」

 ミアは地図の中心を出発点に向けて四方を見渡した。この先は草原が続き、その先に都市が見える。左手奥は霞んでいてはっきりしないが、山や森があるようだ。ミアはくるりと反対を向いた。遥か先に海か湖か大きな水たまりが太陽の光を受けてキラキラと輝いている。

「いい景色。高いところに登ると地形がわかりやすいなあ」

 そこでミアははたと気がついた。アルトはそれを見越してこの丘に登ったのだ。何と言う慧眼。だとしたら今は今後の計画を練っているに違いない。ミアはリュックを鷲掴みにすると、アルトのもとへ駆け寄って彼の手元を覗いた。

「やっぱり!」

 アルトのノートには見える範囲の地形が事細かに記されていた。


「俺の邪魔はするな、と言いたいところだがちょうど終わった。出発する」

 アルトが手早く荷物をまとめて歩き出したので、ミアは慌てて隣に並んだ。相変わらず歩幅が広い。

「これからどこへ行くの?」

 ミアの問いに、アルトは前方を指差した。

「あそこに家があるのが見えるか? とりあえずあそこで情報を仕入れる。可能なら食料も調達したいと思ってる」

 それを聞いてミアのお腹がぐぅと鳴った。ひとり赤くなるミアに一瞥をくれると、アルトはフンと鼻を鳴らした。こういうところはいけ好かないが、アルトがかなり頼れる存在であることは間違いないとミアは思った。もしも、最初に望んでいた幼なじみたちとペアを組んでいたらこうは行かなかっただろう。その後もアルトはペースを乱すことなく黙って丘を下り、ミアもまたあくまでアルトの横を歩くことにこだわった。


 丘の上から見えた家は大きなサイロをいくつも持つ牧場だった。入り口で柵を直している老人に声をかけると快く食堂へ連れて行ってくれ、すぐさまふたりの老婆が食後のお喋りを中断して大ぶりのサンドイッチと搾り立てのミルクを振る舞ってくれた。遠慮なくかぶりつくミアの脇で、アルトは情報収集に余念がない。

「干し肉もチーズも手作りですか? このサンドイッチ、今まで食べた中でいちばん美味しいです!」

「おや、嬉しいことを言ってくれるじゃないか。遠慮しないでたくさんおあがり」

「ありがとうございます」

 アルトはミアには見せたことのない満面の笑みを老婆たちに振り撒いた。

「ところであんたたち、そんな大きな鞄を背負って、旅をしてるのかい?」

「はい、生き別れた両親を捜しています」

 まあっと同情の声を上げる老婆たちの前でアルトは悲しげな顔を作って見せている。その一方でぶほっとむせたミアの脛をひと蹴りしてから話を続けた。

「だから、この辺りのことを詳しく知りたいんです」

 老婆は我先にと有益な話をしてくれた。この先に大きな都市があること、その町の西側には深い森があって更に進むと山岳地帯になること、南には大きな湖があることなど、先程丘の上から見た地形の裏付けも取れた。荒唐無稽な旅の目的をさも本当の事のように言って同情を引くアルトに呆れながらも、その行動力にミアは脱帽していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る