丘の上

 女神の扉をくぐる時、あまりの眩しさに目を閉じたミアだったが、次に目を開けた時には広々とした草原が足元に広がっていた。仰ぎ見れば空は青く雲が流れ太陽がほぼ真上にある。左手には池があって水鳥が羽を休めているし、足元には色とりどりの花が咲いて蝶が舞っている。子どもの頃に家族と出かけたピクニック広場とよく似た景色だとミアは思った。

「ここが、異世界?」

 ミアはまだ信じられない思いで地図を広げた。中央に赤い点が点滅している。事前講習で習った通りこれがミアのいる場所だ。そして近くで点滅する青い点がパートナーであるアルトを示している。


 アルトは地図を広げたまま無言で右へ左へと移動し始めた。それが終わるとぐるりと周囲を確認してから歩き出した。ミアはただ成り行きを見守っていたが、アルトがどんどん離れてゆくので仕方なく追いかけた。しかしアルトの足は速く、体力には自信があるミアでもなかなか追いつけない。

「待ってよ、ねえ、待ってってば」

 たまらずミアは声を上げたが、アルトは気に留める様子もなくスタスタ進み小高い丘を登り始めた。ミアとは比較にならないくらいの健脚ぶりで、いつまで経っても追いつけないどころかどんどん距離が開いていく。こんなところで置いて行かれてはたまらないと思い、ミアは息を切らしながらも必死で追いすがった。やっとの思いで頂上に着くと、アルトが地図を広げて何やらブツブツと独り言を言っていた。


「ちょっと、さっきから勝手な行動ばっかりして、いったいどういうつもり?」

 ミアは荒い息遣いのままアルトに食ってかかった。アルトはミアに一瞥もくれず言い放った。

「ペアでなければ参加できないから仕方ないが、俺はお前には何の期待もしないし助けも必要ない。ただ足手まといにだけはならないでくれ。そうすればお前も卒業試験に合格できるようにしてやる」

「何ですって!」

 ミアはアルトの手から地図をひったくりアルトの行く手を阻んだ。

「足手まといってどういう意味? 私がいつあんたの足を引っ張ったって言うの?」

 アルトは眉ひとつ動かさずにミアを睨み返した。黒い瞳は強い光をたたえていて、気を抜くと目をそらしてしまいそうになる。

「な、何よ、何とか言ったらどうなの」

 アルトは視線を外すと口を歪めて笑った。

「お前の成績は把握している。魔力の発現率も低いし、到底役に立つとは思えない。これが答えだ」

 アルトはそれだけ言うとミアの手から地図を取り返して再び辺りを見回し始めた。ミアは返す言葉が見つからずに唇を噛んだ。確かに自分は勉強が苦手だし、魔力の発現率も平均以下だ。だからといってこんな侮辱を受けていい理由にはならない。ミアは再びアルトの前に立ちはだかった。

「あんたがどれだけ優秀か知らないけどね、この試験はお互いのも評価のポイントのひとつのはずだよね。あたしがあんたに全くしなかったら、あんたの評価も下がるんじゃないの?」

 反撃されるとは思っていなかったのか、アルトは驚きを隠さなかった。ミアは続けて言った。

「あたしはあんたと喧嘩したいんじゃない。だからって仲良くしようとも思わない。この試験を無事にクリアするために一時的に協力しようって言ってるだけよ。異論はある?」

 ふたりの間をさあっと風が吹き抜けた。アルトは尚もミアの顔をじっと見ていたが、呆れたようにふっと息を吐いた。

「お前の言う通りだ。わかったよ、これからはお前の協力も少しは仰ぐことにしよう」

「少しって……まあ、いいわ。それと、じゃ気分が悪いから名前で呼ぶことにしない?」

「わかった、そうしよう。俺はアルト」

「オッケー、アルト。私はミア」

「知ってる」

「なんで知ってるの?」

「魔法学で追試食らったのお前だけだろ?」

「そ、それは……てか、お前って言うな!」

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