第3話『メイドの戯れ』


 エナメルのパンプス。

 膝上を覆うひらひらしたレースのスカートを軽やかに弾ませ、そこから伸びるストッキングの白いラインが鮮やかなる残像を描く。

 それはメイド服姿の少女。

 昼間のここなら道を歩けばメイドに当たるというくらいありふれた装いだが、この深夜帯に見かけるのは違法な風俗嬢くらいのもの。

 少女は猫の様なしなやかな脚運びで、数歩この裏路地へと踏み入り、楽し気に鼻をくんくんと。


「ふ~ん……」


 まだ幼さの残る容貌。

 鼻腔に満ちる大気にその答えを見出したのか、すうっと目を細め、愛らしくも恍惚の微笑を浮かべる。そして、ゆっくりとその瞳を開く。

 するとどうだ。その双眸から金の光が零れ落ちるではないか。

 白く照らされた東京の夜空に、僅かに光る星明り。それを受け少女の瞳は黄金に輝き、その瞳孔は鋭くも縦長に伸びる。まるで、獣の様に。


「も~、こんなにしちゃってぇ~……いっけないんだぁ~」


 くすくすと甘える口調で、少女は大きく膨らむスカートを膝ごと抱え、その場にしゃがみこむ。

 そして、まるで子供が砂遊びでもするかの如く、血だまりへと右手を伸ばした。闇に浮かぶ、錆びたシャッターを横目に。


 ぴちゃり……

 ぬるり……

 冷え切ったそれに指を遊ばす少女。ねっとりとした感触を楽しみ、やおら口元へと運ぶ。

 そして、すうっと甘美な香りを胸一杯に吸い込むや、ぞわぞわと音を発て総毛立った。


「あ~あ……勿体無ぁ~い……」


 少しとぼけた口調で、うっとりと眺める掌に、ちろり舌先を這わせようとしたその時、軽快なエンジン音と共に注がれた強烈な光。

 白い少女は咄嗟に掲げた掌を返すや、光を遮って軽やかに背後へと跳んだ。


 バイクのハイビームに、一瞬浮かんだそれは、余りに鮮やかな血の朱。

 裏路地の入口で、滑り込む様に停止したそれが、アクセルをふかすのに躊躇は無い。


「みゃ!?」


 ふわり空中で一回転。すとんと重さを感じさせぬ所作で降り立った少女は、迫り来る光に目をまん丸に。

 キラリ。

 僅かな反射光に身を翻し、電気街のやや広い路地へと逃れるや、パリンパリンと何かの砕ける音が響く。


「はっ、やるねえ!」

「ちょ、ちょっとぉ~!」




 立て続け、紀子は両の掌に棒状の水晶を生じさせた。


「へあっ!!」


 バイクに跨ったままの十字打ち。鉄の騎馬をそのむっちりとした太腿で挟みこみ、寸分ぶれる事無く投げ放つ。


 ライトに浮かんだ血まみれの手。そして人ならざる立て長の瞳。アニメカラーのぽわぽわパープルヘアーはカツラかウィッグか。ちょっと気合の入ったメイド服は、まあこの界隈なら見飽きた感があるけれど、最近続いてるおかしな気配はこいつに間違い無い!


 めっちゃ、可愛いけど~……よし! こいつが犯人だ!! いや、犯妖魔に違いない!!!


 ハンドルを覆う水晶の膜。紀子は思うままにアクセルを吹かさせる。同時にパンと両の掌を合わせ、左の掌から一振りの透き通った剣を抜き放った。


 手裏剣を牽制に、一気に間合いを詰める!


 紀子は相手の動きから、回避先にバイク毎ぶつかる勢いで突っ込んだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る