第4話『浮かぶライダー』
全ての街灯が消えた闇が覆う秋葉原を、一台のバイクが走り抜けた。
CB400。最早骨董品の部類。
映画の悪漢染みた黒一色のライダー。紀子は手には白刃を振りかざし、ゆっくりと大上段に構えた。
「死ねぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!?」
妖魔には人権など無い。
闇に潜み、人を喰らう妖魔。様々な姿、形を持つという。
それを見つけ次第、抹殺するのが退魔庁に所属する退魔師の公務だ。公務でありながら、人知れず闘わねばならない影の公務員。それが一部を除く現代の退魔師の姿でもある。
ところがだ。恐怖に引きつる少女の顔をしたそれ。愛らしくも幼さを帯びたそれが、鋭い痛みとなって、まだうら若い乙女でもある紀子の切っ先を嫌が応にも鈍らせた。
たかだか十九の未成年である。田舎から出て来て半年の大学生でしか無い。殺しの技を身に付けたとて、実際に殺して来たかと言うと、それは……
瞬間。恐怖に怯えた風の、少女の表情がくるり。先ほどまでの愉悦に満ちたそれにとって変わる。
「っ!?」
「きゃ~」
悲鳴が間延びした嬌声へと変わり、少女は軽やかにアスファルトを蹴って、紀子の切っ先をかいくぐった。
純白のメイド服が大きくはためき傍らの電信柱を更に蹴り上げ、しなやかな動きで中空へ。くるっと一回転、異常なまでの跳躍で向かいにある二階の窓格子にと取り付くや、ガシャン。背後で店舗のシャッターが鳴り響き、バイクごと女が突っ込んだと確信し振り向くその眼前に白刃が迫っていた。
「ざまぁ、えっ!?」
この高さにバイクが、それに跨るやたらがたいの良い女の姿があった。どういう訳か同じくらいの高さまで、バイクごと浮き上がってる!?
「はっ、やるねぇ!」
バイザー奥の血走った目と、少女の猫目がぴたりと合う。
「ど、どーしてっ!?」
「しっ!」
驚く声に、お返しとばかりずんばらり。スカートが裂け、ぽろり。尻尾の様なものが、そこから零れ落ちた。
「いやん」
「ちいっ!」
寸での所、少女は更に上の階へと、ほっそりとした手足をばたつかせ、壁沿いをカリカリと駆け昇る。
それを追って白刃を振り回し、紀子とバイクが更にふわりと追いかけた。そんな様を、ちらり顧みた少女は目をまん丸にして、とても嫌そうに顔をしかめたが、それがまたとても様になっている様にも想えた。
「何てインチキ!」
「はっ、やるねぇ~!」
慌てて三階、四階、屋上へと逃れる少女。それを追って、カラカラと後輪を空回りさせながら、紀子は身体を引き上げた。否、引き下げたのだ。上へ上へと。
真上へと落下し続ける紀子とバイクは、地球の重力から解き放たれ、尻尾のある少女の頭を押さえるべく、更に追い越し、月をも背負い、煌めく太刀を振りかざす。
が、紀子の影にあって瞳を鋭利に細めた少女は、空中にて身体をうねらせ避けてみせた。
勢い、伸びあがって空中で静止した紀子は、切り下げた切っ先を下げたままにヘルメットの奥で声をくぐもらせる。
「なる程、その目か……」
「死んじゃうじゃないの!」
「元より、そのつもりなのだ、が?」
はらり。少女のメイド服がはだけ、月明かりに白い肌がなまめく映し出される。
切った。切れた筈が、薄皮一枚。
ふつふつと滾る血は、次第に治まり、静かに脈打つのを感じた。
妖魔は邪悪な存在である。
人に憑りつき命を啜る者。恐怖のままに生餌を喰らう者。破滅に陥れ、絶望を楽しむ者。人の魂を弄ぶ者。
見た目、可憐な少女に見えて、その性根は邪悪。そう、紀子は教わって来た。
殺らねば!
今、ここで!
血塗られた手から、既に何者かを手にかけている事は明白!
これ以上、犠牲者が出る前に、ここで処断しなければならない!!
右手に長剣。左手に、棒手裏剣を生じさせる。
「いきなり、酷くない!?」
ぷんすか文句を言って来る少女は、明らかに人外。
この口調、容姿、全てが人を油断させ、捕食する為の罠なのだ。
空にあって、紀子は静かに水晶の剣を揺らした。
それに合わせ、月明かりが、反射した光が走り、一瞬だけ少女の瞳を掠めた。
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