第11話 さぁ、無限の宇宙へ

やはり……。集められた被験者たちの殆どが既に予測していた結果だと見えて、多少の嗚咽は漏れたものの、大きな混乱は起きなかった。それにここには、宇宙連合の巧みさ、もしくは配慮があった。


被験者に選ばれた者たちは、A氏と大きく変わるところはなく、被験者となる前は孤独で将来にも希望を抱けず、ただ死ぬのを待つように生きているだけという共通点を持っていた。そういう者たちにとって、今さら地球が無くなったとしても、果たしてどれ程の悲しみを抱くだろうか。


それを見越しての人選だったのである。


「そして皆さんが、最も関心をお持ちであろう問題。それは皆さんのこれからの処遇です」


船長の演説が、話の核心に触れる。余りの急展開に、すっかりそれを忘れている者もいたようだったが、彼の言葉に皆、肝心かなめの点を思い出した。


残された被験者たちは、どうなるのか。まさか、地球へ戻して他の民と一緒に滅ぼすとは思えない。そうであるならば、わざわざ宇宙船へ招き入れる必要などないからだ。


「皆さんは、地球人ではありますが、これまでの人生などを調べ上げ、我々が精査に精査を重ねて選んだ方々ばかりです。こちらが地球へ出した条件の一つが”被験者は我々が選択する”というものでした。


それ故、我々の眼鏡にかなった皆さんが宇宙に飛び出しても、決して害悪にはならないと確信しております。


よってこのまま我々の宇宙へ来て頂き、それぞれが新しい人生を全うしてもらいたいのです。今の姿に抵抗がある方は、最初のお約束通り、元の地球人の姿にお戻しします。いえ、決してご心配なさらないで下さい。我々は、皆さんを姿かたちで差別するような事は決してございません。


そして今の姿でも構わないという方には、更に手術を施して、外見だけでなくそれぞれの種族が有している他の能力も付与させて頂きます。名実ともに、その異星人になるのです。また他の異星人の姿が良いと仰る方には、再手術をしてご希望に沿わせて頂きます」


その後、これからの話が少し続き、船長の「ようこそ、宇宙の友よ」という言葉と共に歴史的な演説は終わった。


頭上に光り輝いていた四枚のパネルが穏やかに消え去ると、被験者たちは一様に深く息を吐いた。一つの大きな区切りがついたのである。


もちろん、A氏もその一人だった。


大変な事になったが、考えようによってはこれはとても幸運な話ではないか。生きるよすがもなく、ただいつの日にか死ぬその時まで、ただ漫然と続く日々。そこから今、解放されたのだ。


数時間後、希望に萌えた被験者たちを乗せ、宇宙船は広大な宇宙空間へ飛び出した。さすがに地球が破壊されるところを見せるのは忍びないとの配慮から、彼らの母星が消える際に発する一瞬の光すら届かない場所まで移動した後、一つの惑星が消去される事となる。


A氏が周りの話を聞いていると、殆どの者は今の姿から変更するつもりはなく、このまま生きていく選択肢を取るようであった。A氏も同様である。短い間ではあったものの、既に今の姿に愛着が涌き、地球人の姿にすら戻る事は考えられなかった。


A氏は自分の鋭い爪のついた、赤色の手を改めてじっと見つめる。そして、初めてそれが誇らしいと思った。なんて美しく力強いのだろう。


あぁ、怪物になって本当に良かった。


A氏は、心の底から運命に感謝した。



希望の地へと邁進する宇宙船の中。ラウンジでは仲良し三人組が、窓辺の席でグラスを傾けていた。


「私たち、この先、本当の怪物になって、ちゃんと上手くやっていけるのかな」


C氏が、心細げにつぶやく。


「大丈夫さ。これまでだって色々あったけど、結局乗り越えて来たじゃないか。


人間、いや、怪物万事塞翁が馬だよ」


A氏が、窓の外を流れていく星々を見ながら言った。


B氏とC氏が顔を見合わせる。


「なんだ、そりゃ」


B氏がクスっと笑った。それにつられて他の二人も笑った。まるで未来へと続く、新しい門出を祝うかのように。



【怪物万事塞翁が馬・終】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

怪物万事塞翁が馬 藻ノかたり @monokatari

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ