第9話 脱出

呆気にとられるA氏だが、すぐさま「早く乗って!」という声が辺りに響き、煙の向こうから中型のバスが現れた。車は急ブレーキをかけ、停車と同時に昇降口が開く。A氏は治安部隊と思われる屈強な男に手を取られ、引きずり込まれるようにバスへと乗車した。


「席に座って、シートベルトを締めて!」


強い命令口調で指示されるまま、A氏は彼の言う通りにした。運転手はそれを確認すると、アクセルを目いっぱいに踏み込んで急発進する。シートベルトをしていなければ、通路に放り出されていただろう。


車外からは暴徒たちの罵声が聞こえてきたが、やがてそれも後方へと消え去り、バスはとりえあえず安定した走行へと切り替わる。落ち着きを取り戻したA氏が周りを見まわすと、彼と同じく様々なタイプの異星人もどきが心配そうな顔をして席に座っていた。


これから、どうなるんだろう……。


A氏は少しずつ冷静になる頭で、先々の事を考えた。下手をすれば、これは内乱状態ではないだろうか。そんな中で身元が割れている被験者たちは、また元の姿に戻ったとしても、普通に生活していけるんだろうか……。


心配は尽きないものの、取りあえずの命は繋がった安心感からか、A氏はいつの間にか深い眠りに陥ってしまう。意識が朦朧とする中、A氏は”目が覚めたら、全てが夢であったとなりますように……”と心の底から願っていた。



……きて……さい、起きて下さい。


肩を揺り動かされ、A氏は真暗な深淵から引き上げられる。彼はすぐさま自分の手を見たが、それは長く鋭い爪の生えた赤い皮膚のそれであり、これが現実の続きだと知った。


周りを見ると、先ほどはいなかった被験者が何人か増えており、みな疲れ切った顔をしている。


「さぁ、もうすぐ到着です。降りる準備をして下さい」


エージェントと思われるサングラスの女性が、優しく語りかける。佐藤さんもこれくらい優しければ良かったのに……、とA氏はぼんやりと考えた。


窓の外を見るとさっきまでの風景とは明らかに違い、バスは郊外を走っているようであった。一体どこへ”到着”するというのだろう。同乗していた者たちも、心配そうな表情を見せていた。


それを敏感に察知したエージェントは、


「すぐに空への発着場へ到着します。皆さんはそこから、安全な場所へと避難する事となります」


と言った。


なるほど、このバスはどこかの飛行場へ向かっていて、そこに輸送機か何かが待っているのだろう。A氏を含め、皆が安堵の表情を浮かべる。


だが、彼らの期待はすぐに裏切られた。


到着したのは、だだっ広い広場のような所で、空港設備の欠片すらない。


政府に騙されたのか? この期に及んで……。いやもしかしたら、このバス自体が暴徒化した連中の仲間であり、俺達を上手くここへ誘導したのではないか。そんな疑惑がA氏の脳裏をよぎった。他の乗客たちもザワザワとし始める。


「皆さん、こちらです。早くこっちへ!」


女性エージェントが異形の集団を引率し、広場の真ん中へと集合させた。


まさかこうやって一つの場所へ固まらせておいて、周りから一斉掃射でもされるんじゃないだろうな。多分、その場にいる誰もがそう思ったに違いない。だが、またしても彼らの予想は覆された。


どこからか微かにブーンという聞きなれない音がしたかと思うと、見る間に彼らの頭上にその機体は現れた。だが”機体”と言っても、彼らが知っている輸送機などではない。いや、ただし、別の意味では皆がよく知っている乗物であった。


それは見るからに”UFO”然といった姿をした、いわゆる葉巻型の大型宇宙船であり、これも昔のSF映画で見たように、底部から光の筒のような光線が発せられ、避難者が戸惑う間もなく、あれよあれよと全員をその不思議な機体に吸い上げていった。


こりゃ一体、どういう事だ。A氏の頭は混乱の極みに達する。それはそうだろう。いわば壮大な「宇宙人ゴッコ」をやっていると思われていたのが、このような正にSF的な代物に乗っているのだから。


A氏たちは収容された倉庫のような区画からエージェントに誘導され、大広間といった場所へと辿り着いた。そこには彼らと同じような被験者たちが大勢集まっており、所狭しと用意されたローソファーに腰を下ろしてくつろいでいる。A氏たちも暫しそこで待つように指示をされた。


A氏が、空いている場所を見つけようとウロウロしていると、


「Aさーん! こっちこっち!」


と、聞き覚えのある声が後ろの方から聞こえて来た。


「Bさん!」


振り向いたA氏が、ゲル状の体をした友人を見つけると、喜びと共に彼の名前を叫ぶ。一緒にC氏もいた。その何本も伸びたタコのような足をクネクネさせながら、再会できた嬉しさを表している。


三人は少し離れた所に空席を見つけ、そこに落ち着いた。


「一体、これはどういう事なんだろうか」


身の安全が保証された事を知り、彼らにようやく事態の成り行きを話し合う余裕が生まれた。いや、彼らだけではない。周りにいる異形の被験者たちも、みな同じ事を仲間内で議論している様子がうかがえる。


避難者達の議論もひとしきり終わったところで、大広間の天井近くに大きなパネルが四枚、背中合わせに突然現れた。如何にも進んだ科学のなせる業といった趣である。


一瞬どよめきが起こったものの、皆、多かれ少なかれ死線を潜り抜けて来た者達である。四角い光の膜に、何が映るのかに注目が集まった。


やがて全てのパネルへ、ぼんやりと人の形のようなものが映し出されて来たかと思うと、そこから、


「皆さん、大変な状況から、よくぞご無事でここへ辿り着かれました。私はこの船の船長で、ニファムルと申します。皆さんのご無事を大変嬉しく思います」


と、落ち着いた低い声が流れて来る。見るとそこには、A氏と同じ怪獣タイプ、ただし緑色の肌をした人物、いや怪物が凛として映し出されていた。彼の話によれば、この宇宙船と同規模の機体たちが、世界中の被験者たちの殆ど全てを救い出したという。


「皆さんには、急なお話だと思いますが、事ここに至っては、もはやお話するしかありますまい。本当は、もっと後にご説明する予定でしたが、ご存じのように、今や地球上全ての地域において、異星人に擬態した被験者の方々への迫害行為が公然と行われています。もはや、猶予はありません」


船長は手を口に当て、コホンと咳ばらいを一つした。そして、大変な話が始まった。

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