僕らが死んでしまうその前に
月曜の午前中は先週土曜にあった文化祭の後片付けに充てられていた。土曜は簡単な片づけに留まり、週明けに一気に片付けてしまおうという形だ。
先週までのいつもと装いの違う学校内が徐々に平常の姿に戻っていく様子はどこか寂しい。またいつもの何でもない日常が戻ってくるのだと、たこ焼き屋やクレープ屋の模擬店が片付けられていくのを見る度に否応なしに突き付けられていく。
私たちのクラスも例に漏れず、朝からメイド喫茶(私は乗り気じゃなかったけど多数決で決まってしまった)の解体に精を出している。
午前中に片付けと言ったが三限目から通常授業の為、二限目までに全ての片付けを終えなければならない。廊下ではお化け屋敷を解体している2―Aの面々が大量の段ボールを抱えひっきりなしに往復していた。
大方、片付けの目途が立ってきた時、廊下の喧噪とは別に、教室に備え付けられているスピーカーから微かに雑音が入っているのに気付いた。どうやら放送がオンになっているようだった。
『あ、あ、』
誰かがマイクテストをしているらしい。文化祭実行委員から片付けに関しての放送だろうか。しばらく耳を澄ませていたが、執拗にマイクテストをしていて中々放送が始まらないでいた。
『あ、あ、あー、あー。これ入ってるのかな?只今マイクのテスト中。あー、あー。』
謎の放送が始まり、他のクラスメイトもざわつきだした。廊下を行き交う生徒も怪訝な様子でキョロキョロしているので全校舎内に放送が入っているのだろう。
『あー、あー。…流れていると思って始めます。
全校生徒の皆さま、文化祭の後片付けお疲れ様です。今日はこの場をお借りしまして、一言、学校への要望というか、意見を言わせてもらいます。
先週の文化祭が終わり、今日は一限目、二限目に片付け。三限目からハイッもう授業開始です。口を開けばすぐに中間試験やら期末試験やら。勉強、勉強。いや分かります。学校ですからね、勉強しに来ているんですから。
ただね、口を開けば勉強、勉強。受験、受験。良い大学に入ればそれで良いんですか?良い大学に行くことがそんなに良いんですか?あっ、三年生の皆さま、お疲れ様です。受験勉強大変でしょうけど頑張って下さい。それは良いんです。
言いたいことは、大学受験の前に高校でしょう。今の高校生活でしょう。高校生活って大学受験の勉強の為だけにあるんでしょうか?
こういうこと言うと、すぐに高校は義務教育じゃないんだから嫌なら辞めろ、みたいなこと言う先生いますが、義務教育って親が子どもに教育を受けさせる義務でしょ。我々は教育を受ける権利なのです。公民の教科書読んで下さい。
まあ言っている意味は分かります。教育を受ける権利として高校に勉強しに来ているわけだから、権利を放棄するなら辞めろ。そう言うんじゃ分かります。ただ、中学までの義務教育、教育を受けさせる義務と教育を受ける権利、これをごっちゃにして言っている先生がいるので、そこはちょっと訂正しておきたいな、と』
ここまで来て、只事ではない事態に何人かの先生が廊下を行き交い出していた。先生たちも状況が理解出来ていないらしい。廊下では他クラスの男子が便乗して意味のない奇声を上げており、その場を収めるのにも必死だ。クラスメイトはこの非日常の自体に困惑しつつも大半が面白がっているようだった。そんな混乱の中をすり抜けて廊下を疾走していく、不安と怒りが入り混じった形相の守屋がちらりと見えた。
『脱線しましたが話を戻しますと、先生方、勉強勉強の前にあなた達教師なんだから、まずは生徒への教育が第一でしょ。教育ってのは…生徒の心を育てるような…心を育むような…教育。
勉強教わりたいならね、別に塾でもいいわけですよ。これ、逆も然りです。勉強だけ教えたいなら塾講師でも何でも成ればいいじゃないですか。そこを敢えて、敢えて教師になったんだから、そういった教育面というか、人格面の素養も必要なんじゃないですか?塾講師には当然そういったこと求めてないわけですし。
あと、自称進学校ぶってますが、まあ、自分は成績良くないからこんなこと言えた立場じゃないけど、ちゃんと進学校レベルの成績の人もいますから、お前が代表面すんなよって言われちゃうけど。
まあ自称進学校のエリート教師っぽく振る舞っている先生いますけどね、本当にそうなら灘でも開成でも、マジの進学校で教鞭とってみろって話ですよ。結局無理でしょ。灘とか開成で教師やるのは。なにこんなとこでエリート教師ぶってんだって話ですよ。
大体、生徒には良い大学行け、有名な、高学歴のところ行けって言うけど、あんたらの学歴どうなのよ?そんないいところの大学なの?念の為に言っておくと、自分は学歴社会、反対です。学歴だけが人の物差しじゃないですから。…矛盾してるって感じなんだけど、そもそも大した学歴じゃやない教師が生徒に学歴学歴、学歴社会押し付けてるのが矛盾なんですね。だからこっちも先生の学歴は?…ってことになっちゃうわけです。
別にそこまで高学歴じゃなくたって教師にはなれるんですから。なんかここまで言うと…すごい酷いこと言っちゃってるんですが、良い先生もいます。それは声を大にして言います。少ししかいないけど。…うん、良い先生もいます。』
まだ先生たちは放送室に止めに入れないのだろうか。過激な校内放送は鳴り止む気配がない。
ここまでのことをしでかして一体どうするつもりだろう。この間の何気ない会話がまさか本気だとは思っていなかった。
『…あー、あと何言おうとしたかな。原稿とか特に用意してないんで…。
兎に角、学校っていうのはもっと心を育てる場所だと思うんです。別に勉強したくないとか、もっと遊ばせろとか言ってるんじゃな『おい、お前何やってる!』
突然、大人の男性の声が入った。マイクから遠いのか、音量は小さく何と言っているかは聞き取れないがひどく怒鳴る声とゴタゴタとした物音がしばらく流れる。
『越智!お前何考えてるんだ!早く放送切れ!』
『すみません、これ放送切る時どうやるんですか?あの、放送始まりと終わりのチャイム、どうやって鳴らすか分かん『いい加減にしろ!お前自分が何やっ』
ここで校内放送は終了した。
それから三限目の授業は十分程遅れはしたが、あの校内放送については不自然なほど触れられず、文化祭の後片付けと共に通常の時間割…日常に戻っていった。
翌日朝のホームルームでやっと昨日の校内放送について担任から話があった。おそらく昨日の放課後に職員会議があったのだろう。要点をまとめると、『昨日のことは気にするな。雑音に流されることなく、一度しかないかけがえのない高校生活に励め』だ。
結局のところ、越智は何が目的だったのだろう。越智にはどんな終着点が見えていたのか。学校や教師、大人たちの社会へ訴えるというのはあくまで小説の題材という話ではなかったのか。これでは私が唆したみたいじゃないか。
いくら思案しても越智の考えることなんて分かるはずもなく、私は誰も座っていない、隣の席の椅子をちょこっと蹴飛ばした。
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