第5話 謎の少年
全く見知らぬ少年はふらふらと、召還陣の法へと歩みを進める。
煤けた伸び放題の黒髪に黒色の肌、小さな身体にはボロボロの麻袋を纏っている。薄汚い見た目に加え、葉っぱなどのゴミも髪や服に沢山付いていた。
随分走ってきたのか、彼の呼吸は荒く、ひゅーひゅーと肺を鳴らしている。
ただ、それ以上にヤスミンは驚いていた。
「貴方、一体、どうやって城の中に」
敗戦間近とは言え、籠城している城の周りにはたくさんの兵士が、常に見回りをしている。また、戦時であるため城内にいる人達は顔見知りしかおらず、どんだけ下っ端の召し使いでも、顔見知りではあるのだ。常に誰かの目がある中を、どうやって侵入してきたのだろう。
「あな、たが、よんだ」
ヤスミンの問いかけには応えず、不思議そうに首を傾げる少年。長い前髪の隙間から蜂蜜のような金色の瞳が、ヤスミンだけを見つめていた。
私が呼んだって、まさか。発せられた少年の言葉に、勘づいたヤスミンは大きく目を見開く。
そんな二人の間に挟まる悪魔は、じっくりと少年を目視すると、顔をきつく顰めた。
「その金色の目……なるほど、
吐き捨てた悪意ある言葉は、確実に少年に向けられていた。悪魔が嫌そうに半端者と呼ぶとしたら。それだけで、ヤスミンはすぐに彼の正体に気付いた。
同族は自分に
彼は、悪魔と別の種族の間に生まれた子供、通称・半魔なのだろう。半魔は、悪魔たちにとって崇高な自分たちとは違う中途半端かつ弱い存在。それは、この国の王と単なる踊り子の娘という混じり者の自分と境遇はよく似ていた。
しかし、それは悪魔内の話。手に持っている悪魔召喚の書物の内容が確かなら、半魔も悪魔と変わらず魂の契約ができるはず。ヤスミンは、自分の身体の血がぶわりと浮きだった。
「貴方が、私と契約してくれるの?」
悪魔の前から、少年の元へと足を進める。
少年は私の問いかけに、困ったように眉尻を下げた。
「けいやく、わかんない」
道に迷った幼子のように困惑の表情を浮かべ、ただでさえ小さい声が、更に弱くか細くなっていく。
思った以上に知能は幼い少年だが、ヤスミンの視界に飛び込んできたのは、傷だらけの足だった。靴も履いておらず、足の平を汚しているのか、彼の足跡が赤黒く染まっていた。
なんだか、わからない。ただ、黄金に輝く蜂蜜色の瞳が、彼女の記憶にいる
「私の傍にずっと居るって、約束みたいものよ」
「貴様、まさか!」
気付いた時には、ヤスミンは真っ直ぐと少年を見ながら、彼へと血塗れの左手を伸ばす。悪魔は私が何をするのか分かったのだろう、狼狽えた声を上げた。
また、少年もいきなり血塗れの腕を差し伸ばされ、一瞬身体をびくりと縮こめる。しかし、何かを決したのか、小さく頷くとヤスミンの瞳を強く見返した。
「そ、そば、あなたの、そば。そば、いる」
「そう、ならこの傷にキスをするといいわ」
腕の血はようやく止まったが、赤黒く皮膚の上で固まり始めていた。悪魔との契約は、契約する人間の血を悪魔に与えることで成立する。
「そやつは、半魔だぞ! 悪魔よりも随分と弱い存在だ。わかっているのか!」
今までを知っている悪魔は、ヤスミンに対して鋭い言葉を掛ける。悪魔の言うとおり、半魔というのは、純粋な悪魔に比べて力は劣るのだ。今まで邪魔をしてきたとは言え、悪魔と契約しようと奮闘していたヤスミンに、それでいいのかと問う。
しかし、ヤスミンは悪魔を見ず、少年だけを真っすぐ目で射貫く。
「魂の契約は、互いに裏切ることは出来ない」
更に少年の顔へと、まだじゅくりとした熱を持つ傷を近づけた。赤黒く固まった合間には、まだ赤い肉が血を滴らせている。
「私を、裏切らなければいい。他は何も関係ないわ」
少年は、ヤスミンの傷へと口づけた。
二人の間に、何か一つの鎖が繋がるような音がした。それと共に、少年の髪の毛が瞳の色と同じように、黄金の蜂蜜色へと変わっていく。
そして、ヤスミンの両方の瞳に、何故か熱い熱を感じた。
「契約しおったのか、本当に、なんと愚かな」
悪魔は信じられないのか驚愕した表情のまま、二人の顔を交互に見て、唸りながら両手で頭を抱える。どちらに対する厭きれなのか、悪魔は小さく溜息を吐くと、頭を横に思いっきり振った。
「こんなくだらん茶番劇! 我が輩はもう帰る! 二度と呼ぶな!」
そそくさと帰還の詠唱を唱え、悪魔は魔界へと帰還した。
馬小屋には、ヤスミンと少年だけが残されてしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます