第4話 憤怒の悪魔


「いいか、お前の魂は、我々悪魔にとって、既にカルマで汚染されているのだ!」

 ビシッとヤスミンに向けられた悪魔の人差し指。鋭い爪が目と鼻の先あたりに突きつけられるが、ヤスミンは涼しい顔で悪魔の目を見ていた。


「何回も聞いたから知ってるわよ」

 魂の業。たしかに、前世は他人に褒められるような生き方はしていない。

 極悪非道なアイドルオタク。推しと繋がるためには何でも・・・し、最終的に密会が週刊誌にバレてしまったヤバイ女だ。


 こればかりは、業に塗れていると言われても、致し方ない。


「あの、悪食の悪魔ですら、『あんなの致死毒を飲むようなものだ』と拒否した程なのだぞ! どんな魂も食してきた悪魔だというのに!」

「この前、本人から聞いたから知ってるわよ」


 どんどんと怒りのボルテージを上げる悪魔に、ヤスミンは聞き飽きたのだろうか、つまらなそうに自分の爪を弄り始める。


 悪魔は手に入れた魂を、食べたり、遊んだり、コレクションとして飾ったり、様々なことに使うらしい。しかし、ヤスミンの魂は業が強すぎて、周囲にも影響する可能性があり、どれにも適さないのだ。

 わざわざ召還された巨大なハエ人間の姿をした悪食の悪魔に

「本当に多くの契約者の魂を吟味してきましたけど、こんな口に入れたら終わりそうなヤバイ魂、なかなかないです。コレクションや遊び道具にも、ちょっと汚れすぎてて……」

 と、直々に丁重にお断りされてしまったほどだ。


「しかも、なんだ、『あいどるぷろでゅうさあ』という職業は! 意味が分からん!」


「だから、何度も説明したじゃない、新手の新興宗教を作るみたいなもんだって」

「アホなのか! 宗教ごとで揉めると、我らが魔神様のご迷惑にもなるだろ! 一介の悪魔が手を出して良い話ではない!」


 悪魔の上には、魔王。そして、その魔王の上には、魔神と呼ばれる悪魔たちの神がいる。どうやら神という存在は絶対的らしく、信仰することでお互いを支え合っている。そのため、神以外の信仰対象ができると、神様に迷惑がかかるそうなのだ。

 ヤスミンの端的すぎるかつ言い回しが酷い説明が悪いのもあって、アイドルプロデューサーという新しい職業は現在信用されていない。


「しかも、お前みたいな金なしのゴミ、魂以外も価値なしではないか!」

「それは、そうね」


 悪魔との魂の契約には、契約者の財産も入ってくる。どんだけ魂の質が最低でも、財産があれば、他の「美味しい魂」をせしめられる。

 しかし、現在のヤスミンには、血筋だけ王族なだけで、財産もなければ、輝かしい将来性もない。


「以上の理由によって、お前と契約する悪魔はいない!」

「絶対?」

「余程の価値も分からぬ大馬鹿モノが、現れん限りはな」

 ふんっ、と鼻を鳴らしながら悪魔は腕を組む。


「といっても、お前からの悪魔召還の呼び出しは、我が輩が潰している。下っ端は来ることも出来ないだろう」

「他の可能性は?」

「さあな、現世をわざわざ歩いてでも来る馬鹿が居ると思うか?」


 しかし、悪魔は馬鹿にしたように、「普通の悪魔がそんな愚か者だったら、悪魔として生きていることが奇跡だ」と鼻で笑う。現世というのは、ヤスミンが現在いる世界を指しており、悪魔が暮らしているのは魔界と呼ばれている場所。基本的に、現世をふらつく野良の悪魔はほぼ居ない。


 ちなみに、何度も言うが、このやりとりも既に二百回も行われてきた。

 毎度質問しているのはヤスミンなのにも関わらず、彼女は心の中で「二百回も付き合ってくれるなんて律儀な悪魔ね」としみじみと思う。

 さて、普段ならばここで、悪魔は魔界へと帰る。ヤスミンは、明日の召還に向けて準備を始めるのだが、今日はなぜか違った。悪魔の瞳は、何故かヤスミンを見て、眉を顰めていた。


「早く止血しろ、そして、もう二度と召還の儀式をするな。言っとくが、そのうち、血が無くなって死ぬぞ」


 視線の先には、赤く染まった左腕。珍しく今も血が流れ続けている。今日は深く切りすぎたか、とヤスミンは、静かに心臓よりも上に左腕を持ち上げた。


「もともと、死んだような人生よ。ここまできたら、契約するまでやり続けるに決まってるでしょ」


 血が足りなくなってきているのか顔が青白くなってきているのにも関わらず、ヤスミンは少しふらつき始めた視界を堪えつつ、悪魔から目をそらさない。

 流石に悪魔も、ヤスミンの言葉に対し、信じられないものを見るように目を見開いた。


「……左様か。しかし、何度も言うが、貴様の召還陣は我が輩がこの先も潰す」

「潰されても、次の一回に賭けるだけよ」


 強く言い切った悪魔がフンッと鼻を鳴らす。ヤスミンは、悪魔から目を反らすどころか、ブレることもない。


「地獄からは悪魔は召喚出来ないと思え」


「でも、現世にいる悪魔も、召還陣が発動されたら気付くって言ってたわよね」

「気付きはする。しかし、何度も言うが、契約済みのは来ないからな。普通の・・・悪魔で未契約のものは、現世にはほぼいない」


 厳しい現実を何度も突きつけるが、視線の強固さは増すばかりだ。

 こいつは本当になんて女だ、と悪魔は妙な居心地の悪さをいつも感じていた。

 悪魔が苦い心境を抱いているとは知らず、ヤスミンはただじっと悪魔を見ながら、謎の期待感に満ちあふれていた。

 何故だか、わからない。けれど、悪魔とこんなに長く話すのは初めてだし、ここまで自分の覚悟を問われることもなかった。一体、今までと何が違うのだろうか?


 悪魔は埒が明かないと言わんばかりに、ヤスミンから視線を反らす。そして、魔界への帰還するために召還陣発動の詠唱を唱えようと唇を開いた。


 その時だった。


「ぼくを、よ、んだ、だれ?」


 たどたどしくか弱い言葉。

 外で鳴く虫の声よりも小さい酷く掠れた少年の声が、馬小屋の入り口から微かに聞こえた。



 

 

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